十八夜 どいつもこいつも

折原おりはら、ちょっといいか?」


 グラウンドに向かう途中、けい美音子みねこに呼び止められた。


たきか。加納かのうなら、今日は休みだぞ」

「知っている。来崎くるさきのことで話がある」

美紀みのりの?」


 美音子の横には、瑞穂みずほが立っていた。二人とも学校指定のジャージ姿だ。恵も同じ格好をしていた。

 次の授業は男女別れての、ふたクラス合同体育だ。ちょうど、恵と美紀のクラスが合同となる。

 美紀に瑞穂、美音子の三人は、学校にいる間は一緒にいるのをよく見かける。だが、今は美紀の姿だけなかった。


「来崎が早退した」

「なにかあったのか?」


 美音子の神妙なもの言いに、恵の表情が変わる。


「わからない」

「わからない?」

「美紀ね、昼休憩にトイレ行ったっきり帰ってこなくて。心配して探してたら、保健の先生が早退したって」


 たまり兼ねたように瑞穂が口を挟む。その様子はずいぶん焦っているように、恵には見えた。だが、焦る理由まではわからない。

 昨日の今日だけに、美紀がひとりで帰ったことに恵は不安を覚えた。しかし早退に関しては、少なくとも養護教諭が認めているのなら問題はないはずだ。


「教えてくれてありがとう。後でLINEしてみるよ」


 そう言った恵を見て、上手く言葉が継げないのか瑞穂はもどかそうな顔をする。


「折原」代わりに美音子が話し始めた。「来崎は教室に帰らずに早退してる。荷物も置きっぱなしで、弁当も食べかけのままだ」

「……LINEは?」

「送ったが既読にならない。通話もしてみたが、圏外らしくつながらない」

「あいつから、先生に早退するって言ったのか?」

「それもわからない。ただ話を聞いた限りだと、先生の判断で帰らせたらしい」

「……そうか」


 恵はようやく、二人がなぜ酷く気にしているのかを理解した。


「折原、なんか心あたりない? いくらなんでも、アタシたちに何も言わないで帰るのって変だよ」

「朝見た時は別に……」


 一緒に登校した時は、特に体調が悪そうに見えなかった。もっとも、恵は美紀より周囲に気をとられていたので確実なことは言えないが。


「今朝のことだけじゃなく、昨日のこととか。美紀、変な男に襲われたんでしょ?」


 恵だけが唯一の手がかりだとでも言うように、瑞穂は食いついてくる。


「アイツを見たのか!?」


 恵の表情が厳しいものになる。厳しく、力強く、闘志を秘めたものに。


「見てないけど、美紀からその話を聞いた後だったし。きっとソイツが何か関係あるんだよ」


 恵は考え込んだ。もし学校にあの男が侵入してきたなら、すぐに騒ぎになるだろう。生徒や教師とはあまりに異質の存在だ。誰かが気づく。


「誰かに助けを求めるにしても、情報不足だ。

 折原なんでもいい。その男のことで何か思い出すことはないか? 見た目や特徴……とにかく、なんでもいい」


 美音子の言葉に、恵は目を閉じてあの時のことを思い出す。

 恵の突き込みをかわし、手加減して攻撃してきた。それだけで相手との実力差は理解できた。悔しかった。あの顔を忘れるはずがない。


「背はそれほど高くない。俺よりも少し低かった。体は鍛えてあるらしく、がっしりしていて短髪で関西弁」


 恵はひとつ一つ確かめるように、覚えていることを口にする。美音子たちはそれを聞き逃すまいと、真摯な表情で聞いていた。


「それと――」美紀の言葉を思い出す。「月の歌がどうこう言ってたらしい」

「月の歌?」


 美音子と瑞穂は顔を見合わせる。何か思い当たる節があるのか、同時に口を開き何か言いかけて、互いに遠慮して口を閉じた。


「何か知っているのか?」


 それを見た恵は、問いつめるように訊いてくる。


「知っているというわけではないんだが……」

「作り話でね、そんなのをつい最近聞いたの」


 美音子と瑞穂が交互に言う。


「今度はお前たちの番だ。何でもいい、少しでも関係がありそうなことなら、すべて教えてくれ」


 恵は二人を見ている。美音子もじっと恵を見ていたが、やがて大きく息を吐くと話はじめた。


「〝月の歌〟って言葉は、私もみぽーも、あの店でつい最近聞いた話なんだ」

「あの店? 美紀がペンダントを買ったていう店か?」

「そうだ。それは聞いているのか?」


 恵は頷く。


「なら話は早い。そこの店員がね、なかなか面白い作り話をしてくれた。月は歌っているのだと」

「……で、男が言っていたことと繋がるわけか。どいつもこいつも月月月つきつきつき!」


 吐き捨てるような恵の呟きには、いくつもの感情が入り交じっているようだった。

 思いのほか強い反応を見せた恵に、美音子たちは驚く。


「その店の詳しい場所を教えてくれ」


 美紀から話を聞いて、それが学校の近くであることは知っていた。場所もなんとなく見当はついていた。それでも確実な情報が恵は欲しかった。


「行くのか? 見当外れかもしれないぞ?」

「わかってる。でもなにもないよりはマシだ」

「……わかった。私たちも一緒に行く。案内しよう」


 そう言って、美音子は歩き出した。瑞穂と恵が慌てて追いかける。


「ちょ、たきっち。まさか今から?」

「ああ。どうせなら早いほうがいい」


 振り向くことなく、美音子は言う。


「幸い次の授業は、男女ともにマラソンだ。折原、裏門のところで落ち合おう」


 授業でのマラソンは校外のコースを走ることになっている。


「わかった」


 それっきり何も言わず、三人は生徒たちの集まったグラウンドへと向かった。


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