その7

 そよそよと風が草木をなでる音が優しく聞こえる。

 僕はどれくらい外にいたのかわからないけど、体がちょっと冷えてきたから、そろそろ戻ろうかなと思っていたところ。

 ライラはもう上がったのかな?

 ガチャリと僕が家の中に入ると、ライラはすでにシャワーを終えており、でも再び眠るわけでもなく、ぼーっと何かを見ていた。

 ライラの目の先にあるのは……。

 あッ……ちょ、それ、ルナと撮った写真!


「ね、ねぇ、これ……あんたたちよね?」


 驚きを見せるライラ。


「これ、絵……?」


 そうそう、僕も驚いていた。確かに僕はどこか違うところから来たんだって実感をしたことだった。

 写真というものはこの世界にはないらしい。似顔絵というのが基本であり、何か掲示物を作るときは似顔絵を使うとか。

 でももちろん、それってお金がかかるし、気軽にできるもんじゃなくて、だから僕は魔法で写真というのを作ったというわけ。

 なぜ僕が『写真』というのを知っていたのかは、僕もわからなかったけど、頭にそれがふわりと浮かんだんだ。


「それはね、絵じゃないんだよ」

「はぇー……?」


 ライラはとっても感心しているようだ。でも同時に『何も理解できていません』という顔をしていた。まぁそうだろうね。

 とても珍しそうに見続けるライラ。だけど、その顔はちょっと悲しげなものに変わった気がした。

 まじまじと写真を見ている。


「――?」

「……カル」

「え?」


 ぼそっとライラに呼ばれた気がしたけど、ライラは「ううん……」って顔をそむけた。

 そっか、と僕も特に深追いはしなかった。

 あ。


「そうだ、ライラも一緒に撮ってみる?」

「とる?」

「あ、うん。こんな風に残してみる? って意味だよ」


 僕はルナと撮った写真を手にとって見せる。


「え、あ。……あんたと一緒に、なの?」

「え、嫌なら一人で撮るよ」

「……別に嫌って言ってないじゃない」


 ツンデレ来ましたね。


「じゃあ四の五の言わずに。いい記念ということで」

「なんの記念なのよ」

「まぁまぁ」


 僕はいつものごとく、杖を握る。

 そして、杖をひとふり――の前に、ライラの方へ歩み寄って、くるりと後ろ向いて。


「シャット・オア・チャンス」


 珍しく長い呪文だと思いませんか。


 唱えると杖から光が飛び出して、僕とライラに向かい合うように浮遊。――して大きく広がる。


「はい、ちーず」

「え、ち、ちーず?」

「なんでもいいから笑って! はい」

「ちょ、ちょっと!」







「って、とったのがこれなの」


 と、僕の部屋に飾っているライラと一緒に撮った写真を眺めているルナ。写真のライラはなんとも言えない微妙な顔をしていた。


「てゆか、ヒカルとライラって初めて会ったんじゃなかったっけ? なのになんでヒカルの家にいたの? なんか凄く仲良くない?」

「初めてだよ。いや、そうだけど、あの日ライラが急に家にやってくるんだもん。しょうがないじゃん。それにそんな仲いいように聞こえた?」

「……ふぅん」


 ふうんって……。

 ちょっと、いや、結構すねているような素振りを見せるルナ。


「話を聞く限りじゃすっごく楽しそうだけどね!」

「ルナぁ……」


 今日はルナが勝手に家にやってきてた。それはもういつものことなんだけど。

 ライラは?

 村を散歩してくるって出ていったよ。あの子がそうそう帰ったりするわけないじゃないですか。

 

「私もヒカルの家に来ちゃおっかなぁ」

「ルナはちゃんとおうち帰りなさい」

「なんでよー。けち。ライラだけずるい」


 何がずるいんだよう。

 ルナがぷーぷー言ってる。


「ほら。お茶のおかわりいる?」

「話しそらした!」

「別にそんなんじゃないよ」

「……いる」


 僕はポットを持ち上げた。でも、中身はもうなかったように思えたから、


「ちょっと、沸かさないとね」


 といって立ち上がる僕。それを見たルナは、


「お?」


 と目を輝かせた。

 ルナはいつも僕の魔法を楽しみにしている。自分はそれよりも凄い魔法使えるのに、何故か興味津々だ。

 僕は時たま「僕の魔法の何が楽しいの?」と聞くけど、ルナはいつも「ううん」っていって話を終えようとする。だけど、そうやって言うときはいつも優しい笑顔をしてる気がする。まぁ、だから僕は「そっか」とだけいっていつもそれまでなんだけど。

 さて、今日は魔法の合わせ技だ。

 ポットをテーブルにおいて、僕は杖を構える。


「ウルン!」


 そして、


「モー・ワイター!」


 杖からぴょーいぴょーいと光が飛び出る。

 最初に飛び込んだ光で、まずはポットに水が湧き出て、続いてもう一個光がポットに飛び込む。ぱぁんっと輝く間に、茶葉をひとすくいとってその場でふわっと浮かせる。そしてすぐさま茶葉に向けて杖を振りながら、


「マトメルト!」


 と唱える。 

 ぽぉんと光が飛び出て、僕が杖で茶葉を囲むようにくるりと円をつなぐと、光もまたくるりとまわって茶葉を包んだ。

 茶葉を包んだ光は、僕の杖の指示に従って、ティーポットへと入っていく。

 その合間にポットのお湯は見事に沸き、湯気を上げている。いつでも準備万端だった。

 そしてそのポットを持ってティーポットへ。ここは手作業なんだな。


「はぁー……」


 呆れているように見えるけど感嘆の声と息。


「なんか、手慣れてるねヒカル。でも凄い」

「極めると楽しいよね、これ」

「何を目指すつもり?」

「いや、別に何も」


 コポコポとティーポットへと注がれるお湯。ふわっと香りが広がった。

 

「ありがとう、見せてくれて」


 改めてそんな事言われると、ちょっと照れてしまうなぁ。


「いーえ」


 突然足音が聞こえた。

 僕が顔を外への扉へ向ける。


「入るよ」


 ライラの声だった。


「いいよ」


 ガチャリと開かれる扉。奥からはライラが姿を見せた。


「おかえりライラ」 


 家の主でもないルナが最初に出迎える。


「……なんであんたがいるのよ」

「遊びに来てるの」


 なんで浮気現場に遭遇したようなそんなノリになってんだろう。ていうか、それをライラが言うのもちょっと変じゃない。


「……ふうん」

「ライラ、なにか見るものあった?」

「ここ、凄く空気が綺麗なのね」

「木々に囲まれてるからね」


 僕は紅茶を三人分に分けながら。


「ちょっと穏やかな気持ちになったわ」

「それにしては私に酷い口ぶりだったね?」

「……あんたの顔を見るまではね」

「ひどい」「むごい」


 僕とルナの良いテンポ。


「まぁまぁ、せっかく穏やかになってたんだから、お茶でも飲んでもっと穏やかになろう」


 ティーカップをライラに差し出す。


「あ、ありがとう」


 続いてルナ、そして自分に。

 不思議なメンツのお茶会が再び開始された。


「あのさ、あたしこの辺りをぐるりと散歩したんだけど、なんか変なもの? があったんだけど、あれって……」


 ――なに?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

縁の下の魔法使い 咲良雪菜 @stenostyle-yukina

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ