神様の宝くじ

ゆゆぅ

神様の宝くじ

「おめでとうございます!あなたは神様の宝くじに当選いたしました!」


六畳一間。個人的には一人暮らしにちょうどいいと思っている部屋で、座椅子に腰を下ろし、日課であるネットサーフィンに取り組んでいる俺に、突然後ろから女性の声が投げかけられた。

いきなりのことに、体をビクッと揺らしながら、急いで後ろを振り返る。日頃の運動不足のせいか、あまりの速度に身体はついてこれず、首を攣ってしまった。


「いっってぇ」


「あの、大丈夫ですか?」


攣った首を抑える情けない姿をさらす俺に、優しい声がかけられる。


その声の主を確認しようと顔を上げるとそこには、腰まで伸びた金髪に、輝かしい翡翠の瞳。透き通るような肌をした豊満な身体に白い装束を身に纏った女性。


いかにも万人が想像しそうな女神の姿がそこにはあった。しかも少し浮いている。


「あのー、どちらさまでしょうか」


まだ痛い首を摩りながら尋ねる。


結構現実離れした光景ではあるが、意外と自分が冷静であることに驚いた。


人間、想像のキャパシティを超えると案外そうなるのかもしれない。


「はい、見ての通り私は神様です。あなたは生まれた時間や場所、性別や血液型、その他もろもろで抽選する。厳選に厳選を重ねた選抜方法によって神様の宝くじに当選いたしました。その結果何でも一つだけ願いをかなえる権利が与えられたのです」


にっこりと自称神様は微笑む。なんとも神々しく可愛らしい表情だ。その可愛さに思わず、頬が熱くなってしまう。


「なんでも願いが叶う……じゃあ、さっき首を攣ってしまったので、それ治してもらってもいいですか?」


願いを告げた俺に対して、「はい?」と訝しむような表情を浮かべながら俺を見る神様。願い事が聞こえなかったのだろうか。


「いやぁ、さっき振り向いたときに首、攣ってしまったんですよ。それを治して――」


「いえ、違います。聞こえなかったわけではないのです」


もう一度願いを告げようとする俺を遮る神様。

その目は理解できないものを見る、なんとも憐憫に満ちた視線である。なんかゾクゾクする。


「いいですか。なんでも願いが叶うのですよ。不老不死になりたいだとか、大金や女、世界の半分が欲しいだとかもっと欲に満ちたものがあるでしょう」


魔王的なことを言い出す神様。少しずつではあるけども最初に感じた神々しさが、俺の中で段々と無くなりつつある。

しかし、彼女の言うことももっともである。冷静にならなければ。【何でも願いが叶う】のだ。そんな絶好のチャンスを棒に振ることはない。


「確かに。そうですねぇ。……じゃあ、ずっと健康で長生きできるようにしてもらえますか?」


これが最適解だと自負するほどの願い事。攣った首も治すことができ、さらには今後の健康も保証されるのだ。

だが、自信満々の俺の前で、神様は「いやぁ、うーん、まぁでもさっきのよりか……」と独り言を呟きながら、悩んでいる。一体どうしたのだろうか。

しばしの沈黙。時計の音だけが響く部屋で、ずっと悩んでいる神様。そして意を決したかのように重い溜息を吐きながら、こちらに視線を向けてくる。


「実はですね。この宝くじ、記念すべき第一回目になるのです。その一回目が正直、そのですね……あまり平凡すぎる願い事ですと、こちらとしてもつまらないということでして……」


たどたどしく、言葉を選びながら喋る神様。健康で長生きを平凡な願い事と言い放っているが、結構な数の人間がそれを求めていると思う。


しかも「世界を壊す力がほしいとかだと、こちらも楽しくなりそうで嬉しいのですが」とのたまっている。何だコイツ本当に神様か。


「じゃあ、何か派手な願い事をすればいいんですね?」


「はい、そうしていただけると、こちらも助かります」


何でも叶うといいながら、なんとも注文が多い神様だ。長い時間が経ってしまって、もう首の痛みもなくなっている。


しかし、派手な願い事といってもどうすればいいだろうか。


大金など手に入れたところで使い道など湧かないし、世界の半分を手に入れたところで管理が面倒くさい。女性関係も間に合っているので、それ関係の願い事もない。

参ったな、とため息を吐く。意外と自分に欲が無いことを知った。というか平凡な俺では、目の前で今か今かと待っている神様を納得させることができる願い事は浮かびそうにもない。

時計を見ると、もう0時になろうとしている。明日も仕事だし、もうそろそろ寝たい。神様には申し訳ないが、明日の夜まで待って貰おう。

明日知り合いなどに、「もし願い事が叶うなら」といった話をすれば、何か――


「あっ」


「なにか思いつきましたか!!」


凄い勢いで食い付いてくる神様。もう必死である。

でも、思いついたのも事実だ。知り合いなどに相談する必要もない、とびっきりの願い事が。


「ええ、思いつきましたよ。きっと神様も気に入る願い事が――」


そうして、俺は神様に願い事を伝える。それを聞いた神様は少し思考した後「その願い叶えてみせましょうと」と煙のように部屋から消えていった。

こうして、突然の珍客の来訪は終わりを告げたのである。


それから暫く経って世界は激変した。


突然大金持ちになった者がいれば、急に財産のすべてを失った者。


世界を支配しようとする悪者や、それに対抗する正義の味方の登場。


突然の宇宙人の来訪に、魔法の様なものを扱う人類の出現。


吸血鬼や狼男といった化け物たちもいれば、それを狩ることを生業する者たちまで現れる始末。


まるで玩具箱をひっくり返したかのように、めちゃくちゃになった世界。


どんどん更新される創作物語のようなネットニュースを見ながら、俺はつい笑ってしまう。


「神様、頑張ってるなぁ」


あのとき俺が叶えてもらった願い事は「片っ端からみんなの願いを叶える」という内容。


願いを叶えれば叶えるほど、めちゃくちゃになっていく世界をみて、あの神様も満足していることだろう。

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