サクラが咲いたら会いましょう

「お花見」とは何か、だって?


 そうか、君の世代だと知らなくても無理はないかもね。お花見というのは、春に桜の花を見ながら食事やお酒を楽しむ会のことだよ。


 はは、信じられないという顔だね。うん、その頃は今と違って、大勢が一箇所に集まって食事をすることが許されていたし、屋外で食べ物を提供しても良かったんだ。時代だねぇ。


 え、そこじゃない? ……ああ、なるほど。そうだよ、サクラだよ。教科書に載ってる、あのサクラ。悪魔の花だよ。なにしろ、その頃はまだ今みたいなサクラではなかったからね。


 桜は、春のある日が来ると、話し合ったわけでもないのに一斉に花を咲かせるんだ。だからこそ、たくさんの桜に囲まれてお花見ができるわけだね。そしてこれには理由がある。実はすべての桜は一本の原木から生まれた、同じ遺伝子を持つクローンなんだ。


 桜の木の根本に切り込みを入れて、そこに短く切った桜の枝先を挿し込んでテープで固定する。すると、そこから新しい桜の木が伸びる。これを接ぎ木と呼ぶんだ。そうやって数を増やした桜は、日本だけでなく世界中に広まった。20世紀初頭、ワシントンに数千本の桜が植樹された話は特に有名だね。


 ただ、同じ遺伝子を持っているがゆえの弱点があった。クローンは寿命が短い上に、病気にも弱いんだ。ある一つの病原体が蔓延すると、たちまちすべての桜が同じ病気にかかってしまう。その懸念通り、ある年に強烈なウイルスが植物の間で流行したんだ。それであっという間に全国の桜は枯れてしまった。桜は、かつて日本の象徴とも言われた花だったから、その時の日本人は本当に落ち込んだそうだよ。


 そんな中、ただ一本だけ生き残った桜があった。この一本から、また世界中に桜並木を蘇らせようじゃないかと、それを「奇跡の一本桜」と名付けたんだ。……今考えると、実に恐ろしいことだよ。


 時に、ウイルス進化論という考え方がある。人類の進化は、ウイルスによる突然変異によって起きたとする説だ。後から分かったことだが、それが「奇跡の一本桜」にだけ起きていたんだ。進化したサクラは、迫りくるウイルスを駆逐するための毒素を吐き出していた。人体には無害だったから、誰も気が付かないうちに、一本桜のクローンは世界中に広まっていった。


 君も教科書で習ったよね。これがあの「サクラ毒素」だよ。


 サクラ毒素は、最初はただウイルスを近付けないためだけのものだった。けれど、それを吸い込んだ動物たちの間でさらに変異を繰り返し、ついには人間の体に伝染するウイルスに育ったんだ。その致死率、実に80%。サクラをすべて伐採する頃には、人類の三分の二がいなくなっていた。


 でもね、我々も負けちゃいない。ただ一本だけ残したサクラの木を中心に、対ウイルス研究施設を作ったんだ。そこでは男女それぞれのクローン人間を次々に製造し、あらゆる動物の体から取り出した複数のサクラ毒素を繰り返し注入して人為的に突然変異を起こし、いつか万能の抗体を体内で生成させようとしているんだ。


 うん、まだ生成には成功していないよ。どうしてだい? ……ああ、なるほど。君の言う通り、抗体が取り出せるまでは、そのクローンたちは全身から毒素を振りまく恐ろしい存在だよ。もし脱走したら? 考えたくもないけれど、間違いなく、人類の天敵になるだろうね。


 ただ――これは一人の学者の探求心から出た言葉だと思って聞き流してほしいのだけれど――もし、そのクローンが人類よりも優れているというのなら、いずれ淘汰されるべきは我々なのかもしれないね。いやいや、もちろんすぐに淘汰されるのは勘弁だよ! そうだね……せめて、桜が夏に咲くほど変異するまで待ってくれたら、ありがたいね。


-おしまい-


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ぼくときみのソーシャルディスタンス 権俵権助(ごんだわら ごんすけ) @GONDAWARA

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ