第2部 第12.5話 共犯者

 13話「地下牢へ」(→https://kakuyomu.jp/works/1177354054885316704/episodes/1177354054886982870)で牢に行くことを決定するまでの、ルカとハーシェルの話し合いのシーンです。

 入れるか最後まで悩み、結局物語のテンポを考えて本編からはバッサリ省きました。しかし、なんだか色々もったいない気持ちもしてきたのでここに残しておくことにします。


 以下、第2部12話まで読んでいない方にはネタバレになるので、ご注意ください。




  *  *  *



「今、なんとおっしゃいました――?」

 ルカの端整な顔には、これ以上にないほどきれいな笑みが浮かんでいた。

 近くに女の子たちがいれば、黄色い歓声の一つや二つは上がるだろう。しかしその目はまったく笑っていない。

「だ、だから」

 これはちょっとまずいな、と思いながら、ハーシェルはやや引きぎみに言った。

「重罪人の牢はどこかって聞いてるの」

「知ってどうするんですか」

「あなたには関係ない」

 薄く細まっていた緑の瞳がすっと開かれる。そのまま、二人は数秒の間にらみ合った。

 ハーシェルが怪我から目覚めて丸二日が経っていた。いい加減、寝台の上にいるのも飽きてきた頃である。

 陽が落ちたばかりの空は紺色に染まり、窓の向こうでは星が輝いていた。ちなみに、ハーシェルに夕暮れを見た記憶はない。気づけば、世界は昼から夜へと姿を変えていた。

 寝台横の椅子に腰かけたルカは、断固として言った。

「もしあの罪人を助けるおつもりなら、私は一切協力しませんよ。もちろん、牢の場所も教えません」

「別に、助けたいなんてひとことも言ってないわ」

 ハーシェルは慎重に言葉を選びながら言った。

「私はただ、あなたに一つの疑問を尋ねただけ。答えてくれないならもういいわ。下がってちょうだい」

 ウィルの死刑はどうやっても覆らない。

 もう、ハーシェルが直接救い出す以外に方法はなかった。牢の場所が分からないなら、自分で探すまでだ。

 しかし、ルカは頑として動かなかった。

「あのですね、」

 相変わらず目だけは笑わないまま、ルカはニコリと表面上の笑みを浮かべた。

「そろそろ、いい加減にしていただけませんか。なぜ、いつもいつも一人でそう勝手に行動されるのです。そんなに私が信用なりませんか。それならば、最初から側近なんて置かなければよろしいでしょう」

 表情に似合わず、その声は思いのほか低い。

 いつもの説教とはまた違うルカの様子に、ひくり、とハーシェルは頰を引きつらせた。

「……なに怒ってんのよ」

「別に怒ってなどいませんが」

 ――いや、どう見てもかなりご立腹である。

 ハーシェルは傷が痛まない範囲で、体をやや後ろへ遠ざけた。

「分かったから、とりあえずその不気味な笑顔を引っ込めてくれないかしら。鳥肌が立ってしょうがないんだけど」

「無理です。自分の意思ではどうにもできません」

 ルカが、やけにきれいな笑みを浮かべたままで言う。

 ハーシェルはやや困ったような顔をした。ため息をつくと、顔を横にそむけてぽりぽりと頰をかく。

「――別に、ルカを信用していないわけじゃないわよ。だけど罪人を逃がせばたとえ王族でも罪に問われるし、最悪の場合反逆罪にもなりかねないわ。あなたまで一緒に牢に入りたくはないでしょう?」

 ハーシェルはルカを見やった。

 ルカの視線がいくらかやわらいだ。

「それはそうですが、それならば姫が牢に入らないように私が手助けすればいいだけの話です。姫は命令するなり、相談するなり、もっと私を使ってくれていいんですよ」

「ついさっき『協力しない』って言った人の言葉とは思えないわね」

「ああ言えば諦めてくださるかと思ったからです。しかし、一人で行動されるくらいなら、私がそばについていた方がずっとマシです」

 ハーシェルはわずかに肩をひねってみた。

 それだけで、一瞬全身が動かなくなるほどの痛みと緊張が走る。人目を避けながら、すばやい身のこなしで城内を移動することはまず無理だろう。それに、城の警備についてはルカの方が詳しい。

「――じゃあ言わせてもらうけど、」

 しばし黙り込んだ後、ハーシェルはようやく口を開いた。

「私は、あの人を助けたい。だけど私とあの人がどういう関係なのかは言えないし、それ以外のことも、一切言えない。それでもよければ、私はルカに協力してもらえると嬉しいんだけど……どうかしら?」

 最後は自信なさげになってハーシェルが言った。

 我ながら勝手な頼みだと思う。

 しかしウィルの出身がアッシリアだと知られたら、その身がますます危うくなることは間違いないし、それを知ったルカがどう行動するかも分からない。知っているというだけで、ルカの罪が重くなる可能性だってある。ウィルのためにも、ルカのためにも、情報はできるだけ少ない方がいいのだ。

 その時、ルカの口元がふっと笑ったように見えた。

「そういうときは『何も聞かずに協力しろ』、でいいんですよ」

 ルカは片ひざを床につくと、頭を下げ、右手のこぶしを左手で包み込む最敬礼の姿勢をとった。

「ルカリア・ウィルキンス、主人の命令に従い、たとえ牢の果てまでも全身全霊でお供することを誓います。――これで私も共犯ですね」

 顔を上げたルカは、今度ははっきりと自嘲するように微笑んだ。

 その表情は、ずい分とすっきりしていた。


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