第50話 いつまでもふたりでお風呂③
細く風吹く午後。
早朝まで雨が降っていたからか、空気はどことなく湿っぽい。
ベランダで二日ぶりに洗濯機を回していると、遠くでインターホンが鳴る。ずいぶん遅かったな。
俺はカゴを置き、玄関へ向かった。
「女子高生はお嫌いですか?」
ドアを開けると美少女が立っていた。
爽やかな若葉色のスカート。少女は長い黒髪をなびかせ、穏やかに問う。
俺は
自分で聞いておきながら、そんな反応をするなんて。こっちまで恥ずかしくなる。
宇佐美さんが入れるよう、俺はドアを大きく開いた。
「なんか、ここ熱くない?」
「そうですか?」
「あー、熱い熱い」
「お前......相変わらずだな」
すると、それに続くようにして、金髪ツインテールの少女と、幼い女の子が入ってくる。いつの間に仲を深めたのか、姉妹のようにふたり並んで。
「そのスカート」
「ああ、ママがくれたの。可愛いでしょ?」
「まさかのお揃いかよ」
ラビは自慢げに若紫色のスカートを揺らす。デザインは宇佐美さんのものとまったく同じ。ラビママは本当に娘たちが好きなようだ。
隣を歩くミキはスカートを羨ましそうに眺め、自分も可愛いお洋服が欲しいと溢す。
すると今度は、黄色いノースリーブにタイトスカートという、これまた洒落た格好をした女性がアパートに入ってきて。
今度買ってあげる、とミキの頭を撫でた。
「小鳥遊、どうした?」
「猫をもらいに来た」
「ああ、そっか」
そういえばそんな話をしていたな。
押し寄せる客にうっかりしていた。
玄関でヒールを脱ぐなり、ふふっと口元を押さえる小鳥遊。
「なんで笑うんだよ」
「別に」
犬山くんが面白いから。
そう答えて、ローテーブルの横に座った。
自分の家かのように
なんとも勝手なものだ。
ふと横を見れば、宇佐美さんが洗面所を前に、こちらをじっと見つめている。
ああ、風呂に入りたいのか。
学費を貯めるため、また節約し始めた宇佐美さん。水道代を安くするため、風呂をシャワーで済ませているというので、週に一回は俺の部屋で入らないかと提案したのだ。
湯に浸かり、少しの間でもリラックスできれば、学業にも勤しめるだろう。
とはいえ、俺がここにいれば、服を脱ぐこともできまい。早く離れなければ。
そう思い、クロと戯れる三人のところへ行こうとした俺に、宇佐美さんが声をかける。
「いっしょに入りますか?」
「なに、言って......」
大胆な発言。
呆気にとられる俺の腕を宇佐美さんは掴む。そのまま、ぐいと引っ張られて。
なにか温かくて柔らかいものが触れる。
理解する間も与えず、かかとを下ろし、俺から距離をとる宇佐美さん。
「宇佐美さん、今」
「じゃ、じゃあ、入ってきますね」
半分叫ぶようにして、風呂場へ駆け込んでいった。まだ服も脱いでないのに。
それにしても、宇佐美さん、また大胆なことを。俺はわずかに感触の残る唇に、ゆっくりと手を伸ばす。
時が経てば経つほど、蘇ってくる。
近づくにつれ閉じた瞼とあの長い睫毛。
鼻先で感じた、花のような甘い匂い。
ぷっくりとした桃色の唇。
すべてが走馬灯のように。
あまりの衝撃に、頭が沸騰しそうだった。
「あー、ほんとに熱い」
「確かに熱いですね」
「犬山くん、顔真っ赤だけど?」
気がつけば、猫と遊んでいたはずのラビとミキ、小鳥遊が揃ってこちらを見ていた。
初めてキスを見ました、と頰に手を当てるミキ。ラビと小鳥遊は、ひゅーひゅー、アツアツだねえと盛んに
「お前ら、全員出てけ!」
恥ずかしさに、俺は声を荒げた。
三人はクロを盾のように抱えて。
風呂場からは、くすくすと笑う声が聞こえてくる。
騒がしいアパートの一室。
数週間前は想像もしていなかった賑やかな毎日。
そのすべてが宇佐美さんのあの問いから始まっていたのだと、今なら分かる。
──女子高生はお嫌いですか?
(了)
超絶美少女なお隣さんが俺ん家の風呂を借りにくる もあい @KobashiriMoai
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます