セッション前日譚

仮死パン

廻間 アキラ にじのくじら前日談

この前日談には、もずの様(Twitter:@mozuno_mokuzu)作シナリオ「にじのくじら」のネタバレが一部含まれる可能性があります。ご注意下さい。

とても面白いシナリオなので興味のある方は是非作者様のページをご覧になってみて下さい。








何度目だろうか、この道を歩むのは。


白神市郊外の霊園へ続く田舎道。

墓参りを終え、バケツと柄杓を提げたまま水汲み場のベンチに腰掛ける。

花曇はなぐもりの空に鳥が歌い春の訪れを告げるその中で、一際美しい声で鳴く鳥が一羽。


「――――――、か。」


墓場鳥。暗い夜の森で美しく鳴く事から、死者を慰めると謂われた小夜鳴鳥さよなきどりの別名。

ぼんやりとそのさえずりに耳を傾ける。もしも本当に、この歌声が死者にも届くのならば。


――――――娘も、この歌を聴いているのだろうか。


ふと小鳥が、ベンチの端に止まる。そっと、指を伸ばす。

「あ――――――」

驚きの声を上げ、小鳥が飛び去る。

「無理もない、な。」

ぎしりと音を立て座り直す。ベンチが痛んでいた訳ではない。彼の機械化された指が、その心を表すように静かに、しかし痛ましい音を立てて駆動する。

春が去り、痛みの時が去り、静寂が訪れる。


、全てを忘れられそうな気がする。

実際に忘れようとした事もあった。喪ったモノを全て、忘れられたらどんなに楽だろうかと。

――――――出来なかった。出来るはずがない。愛しい自分の娘を、忘れる事など。


やがて静寂も去り、微睡まどろみが訪れる。思いがけず、全てを覆い隠す忘却の淵に立たされる。

これが自然な物でない事は直ぐに解った。しかし最早抗うすべは無い。

昏い記憶の闇に飲み込まれる寸前、彼は想った。

もし。もしもこのまま二人で共に、この夢の底に沈んでいくのであれば。


「せめて全てを忘れ、幸せに――――――」


優しい掌が、彼女の双眸そうぼうを覆った。

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セッション前日譚 仮死パン @kashipam

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