第65話:姫様の逆鱗に触れた男、Battle for the Fields

 その金髪の男は、僕の人生に大きな影響を与え、ベルベットとレイにボコボコにされた男、レナードだった。

しかし、昔の様な上品さと言うのか、スノッブらしさと言うのは見る影も無く、無造作に伸びた髪に髭、邪悪さを増し、落ちぶれた男と言う印象を抱いた。


「リヒター! お前には俺と共に来てもらうぞ! 」


 そう大声で叫ぶレナード。

一歩ずつ観客席の階段を降り、ステージへと近づく。

ステージの上では、ミラさんが笑みを浮かべている、当然ポジティブな感情では無く……


「あらあらー……無粋な人ね、ハル、あの人やっても良い?」


「だ、ダメだよ、ミラさんが怪我でもしたら……」


「あら?こんな子供相手に遅れを取る私だと?フフフ、折角の楽しみとビジネスチャンスを壊した彼には……どう責任を取って貰おうかしら?」


 レイにも通ずる冷静な笑みの下に有る怒り、やっぱり親子だ。

いつも以上にハルさんがおどおどしている、よっぽど彼女が怒っている事を理解している様だ。

レイはと言うと、彼女も不愉快そうな顔をしている。

しかし、変わり果てた彼を思い出せない様子に見えた。

そんな中、姫様の方から黒いプレッシャーを感じる……

姫様は、タンクトップで大胆にへそを出し、ホットパンツを履き、いつもとは180度違う様な服装で新鮮で、ワイルドさを感じる。


「そこの貴方……名乗りなさい」


姫様は冷静さを保とうとしているのか、言葉の合間に間がある。

しかし、レナードはそんな事はお構い無く、昔の様にスノッブさが鼻に付く話し方をする。


「おや、これは失礼、私はレナードと申します、お嬢ちゃん」


「レナード、貴方が行った行為によって、私の晴れ舞台を壊したと言う自覚は有りますか? 」


「これは失礼しました、しかし……これはそこに居る男、リヒターが原因ですので、文句は彼にどうぞ、お嬢ちゃん」


 レナードは表面上の謝罪をしたが、気持ちを感じられない。

彼女が精霊界の姫である事を知らないのか、それとも自信があっての発言なのかは分からないが、姫様を「お嬢ちゃん」呼ばわりする。

彼のこの態度に姫様の我慢が限界に達したのか……


「おい、金髪クソ野郎、ケツとアタマの違いも分からねぇなら教えてやる、誰にケンカを売ったのか、授業料はてめぇの安い命にまけといてやる」


あ、あれ、姫様?


「おやおや、これはこれは……言葉遣いが悪い事で、幾ら可愛い顔をしていても、マナーの知らないお嬢ちゃんの様な人は見るに堪えませんね」


煽ってしまった。


「幾らお上品な坊ちゃんを演じていても、便所の底にこびりついたクソみたいな負け犬根性がてめぇの臭い息と言葉に染み付いているぜぇ? お坊ちゃんよぉ? 」


流石にカチンと来たのか、レナードは姫様の喧嘩を買った。


「負け犬? 違いますよ、私は絶対的な力を持つ狂犬ですよ! 狂犬に噛み殺される覚悟をしな、クソビッチが! 」


レ、レナード、ブレーキ!ブレーキを踏め!戦争を起こす気なの?!


「面白れぇ、その生まれた頃から『格下』な魂に教えてやるよ、犬っころが絶対に勝てない『格上』の相手と言うのをなぁ」


ハルさんはいつになく真面目な顔付きに戻り、加勢しようと身構えると、姫様が制止した。


「手出しすんな、こりゃ私に売られた喧嘩だ! 手ぇ出したら不敬罪にしてやる! 」


 ハルさんはそれを聞くと、不服さと心配そうな顔付きで「ははぁ」と言った。


 それを聞いた姫様は、3体の緑色の物体を地面から呼び出した。

まるで食虫植物が二足歩行しているかのような、邪悪さとそれを見て悪寒がする。

あの大きなポケットの様な頭は絶対に丸呑みする為の物だろうと感じた。

ゆっくりと地面と草が擦れる音を立てながら、レナードへと向かう3体の植物。


レナードは臆する事無く、高笑いし始めた。


「ハハハ! そんな弱弱しい植物で勝とうと? 出でよ、地獄の番犬! ケルベロス! 」


そう言うと、頭が3つに分かれた犬が出てきた。

そいつは大型犬の大きさで、口からよだれを垂らし、牙をむいて唸っていて獰猛な印象を受ける。


「やれ」


 命令された犬は、植物に襲い掛かかろうと、口から火を噴き燃やそうとした。

だが、一向に燃えず、焼けた匂いすらしない。

3体の植物は、その犬をツタで縛り付け、内一体がその犬を丸呑みし、犬は何も出来ずにただ食われた様だ。

それを見る姫様は鼻で笑う。


「負け犬が犬を使うなんて面白いジョークだねぇ」


 しかし、レナードは余裕の表情だ。

丸呑みした植物の頭部が切り裂かれ、犬が飛び出て来た。

無傷で、これといった外傷も無ければぴんぴんしている。

犬は、立て続けに植物を切り裂き、噛み付き好き放題暴れ、3体の植物が沈黙している。


「おやおや? その程度で、悪魔の犬に勝てる訳無いでしょう? お嬢ちゃん」


レナードは余裕綽々だ、よっぽどあの犬に自信がある様だ。

姫様の表情は見えないが、流石に良くないと思い、僕が彼女の前に割って入る。


「不敬罪にはなりたくないですが、僕の相手ですので、ここは僕が!」


「リ、リヒター様、なんて勇ましい事……しかし、私は既に勝っておりますよ? 」


 その言葉を聞き犬を見てみると、体中から緑色をしたツタの様な物が体内から飛び出してきた。

犬の体全体はツタで覆われ、緑色をした何かへと変化していく……


「な?! ケ、ケルベロス! 」


姫様は僕の後ろで高笑いを出す。


「ハハハ! 分かっただろ? 負け犬! てめぇは最初から負ける運命だったんだよ!」


姫様、突然の変化は怖いので止めて頂きたい、心臓に悪いです。

しかも発言がどう聞いても悪役が言う発言ですよ……


 そんな事を心の中で呟いていると、ツタが四方からレナードを襲い、腕や足等を掠り、一方的にやられる展開となった。

レナードの体は傷だらけとなり血まみれになっている、息をするのも辛そうに肩を上下に揺らす。


「まだだ……まだ、終わらんよ! 」


 そう言うと彼はゴニョゴニョと何かを唱え始める。

彼は体中から血が噴き出し、体から煙を上げる。

苦しみながら何かを行っている。

何か良くない事が起こると思ったのか、姫様が植物で攻撃しようとしたが既に遅かった。


「さよなら……ウォ……」


 彼の下には大きな魔法陣があり、その中心に倒れた。

すると魔法陣に吸い込まれる様にレナードの体が魔法陣へ吸収されているようだ。

禍々しい黒い煙が魔法陣から上がり、そこから大きな動物の足が出てきた。

そして魔法陣から飛び出す様に出て来たのは、3つの頭を生やした大きな犬が現れた。

それを見たハルさんは言った。


「ケルベロスエンペラーだと?!」


どうやら、厄介な相手が出てきてしまった様だ……

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