第4話 由美の視点~彼女からの手紙~
「あたしさ、ゴロタ君には助けられてばかりだね」
いくらかくだけた口調でゴロタ兄にそう言い、彼女ははにかんだ。
ゴロタ兄は、その手紙をじっと眺め……それから、彼女に笑顔を向けた。
それが自然のものなのか、作り笑いなのかは、妹の由美でもわからなかった。
「がんばったんだな。いや、こんなこと、おれが言うのは変だけどさ」
「ありがとう。けど、ちゃんと書けたか、今になって不安になってきたよ」
「そういう客は、けっこういるな」
「おっ、ゴロタ君、なんか頼もしいね」
「いつものことさ」
ほんと? と由美を見る彼女。
由美は大きくかぶりをふってみせた。
とたんに、喉を鳴らす彼女。
ゴロタ兄は、やれやれと口を歪める。
彼女は、兄に対しては、いつも通りであろう口調で話しかけていた。
「そういうお客さんたちは、ここに来てから、また書き直したりするの?」
「ああ、そういう人もいるな。あと、手紙を読んで、おれに感想を求める人もいる」
彼女はジャスミンティーに口をつけ、自分が書いた手紙に、不安そうに目を落とした
少しの沈黙を置いて――
兄がゆっくりと息を吐き出した。
「美香さ、その手紙、読んでみないか? おれ、絶対に笑ったりしないからさ」
再びの沈黙。
息をするのを忘れ、由美はおそるおそる彼女を見た。
彼女は両目尻の端を堅くさせ、兄と手紙に、茶色の瞳を交互に移していた。
その往復がつづくにつれ――彼女の顔つきは柔らかく、それでいて青空の下でぴんと背筋を伸ばすひまわりのように、凛としたものになっていった。
「お願いします」
そう決断すると、彼女が封を開け、白無地の便箋を広げるまでの流れに淀みはなかった。
「じゃあ、恥ずかしいけど、読むね」
唾を呑む音が聞こえた。
兄のものだ。
「お願いします」
拝啓 梅田昌行様
お久しぶりです。
お元気ですか?
突然、こんな手紙を出してしまって、すみません。
でも、あなたを、マサ君をおどろかせるつもりで書いたのではありません。
あなたに会いたいと思い、こうして筆をとらせていただいた次第です。
そのためには、ただ祈るだけじゃ、ただ待っているだけじゃ、叶わないことを知ったのです。
マサ君と過ごした景色が忘れられません。
小鳥が舞い、木々が生きる力をみなぎらせる春。
どうともない草木を照らして、お日様が堂々とそびえる夏。
切なさをかみころしながら、静かに過ぎゆく秋。
暖かさに恋焦がれながら、冷たい風に沿って生きる冬。
そのすべての季節に、あなたがいました。
なんで、こんなにもマサ君だけが、私の心深くにいるんだろう。
そう思いながら、私はあれからを過ごしました。
そして、ようやく、覚悟を決めたのです。
この手紙で、けじめをつけようと。
勝手なのはわかっています。
迷惑だって、かけたくはありません。
でも。
一度は、お互いの手がつながっていたんだもの。
その瞬間が、時間があったことに、納得したいのです。
どうしても、こう言いたいんです。
ありがとうって。
マサ君。
私は、今でもあなたのことが好きです。
あのまま終わってしまったなんて、今更だけど嫌だから。
だから、この手紙に対して、どんな答えでもかまいません。
ただ、あなたの意志が知りたいのです。
下手な文章でごめんね。
あなたが健やかでいることを、心から願っています。
鈴木美香 敬具
「なんか……恥ずかしいな。やっぱり」
そう言うと、顔を赤らめた彼女は、そそくさと手紙を封筒に収めはじめた。
――彼女は、美香さんは、梅田さんという人のことが本気で好きなのだ。
ここに、彼女が来たこと。
そして、ここにいること。
それが全てを物語ってはいたのだが、彼女のしっかりとした、それでいて情感のこもった声は、疑いようもない真実を表現していた。
ひとり、ゴロタ兄はぼんやりと立ち上がり、窓辺に立った。
おそらく、景色なんか見えてはいないだろう。
「添削なんか、必要ねえ」
ゴロタ兄はささやくように、あるいは自分に言い聞かせるように言った。
「必ず、届けるよ。美香の手紙」
彼女は、目尻を手でおさえながら、小さな唇を震わせた。
「ありがとう」
由美は、床に目をやり、髪をそっとなでつけた。
――あたしには、書くべき手紙があるだろうか……。
繰り返し、髪に指を沿わせていた。
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