第16話 慟哭

 彼女の声には、どっしりとした響きが混じっていた。

 ゴロタはあいづちをうち、耳を傾けた。


「わたしは、トモにいって呼んでいました」


「無口な人だよな」


「ええ、昔から不器用な人で……。でも、口数は少なくても、子供の頃からよく遊んでくれて。わたしは慕ってたんです。トモ兄、優しいんですよ。誕生日には、なにか買ってきてくれるし、落ち込んでいると、そっと肩をたたいてくれたり。彼の優しさは、いつもさり気ないものでした」


 明美はふふ、と嬉しそうに声を漏らした。

 きっと、本当の兄妹のような関係だったのだろう。


「んじゃ、松田さんとはまだ連絡とってるんだ?」


 そう口にした後、ゴロタは軽く後悔した。

 彼女の顔が曇ったからだ。


「いえ、今は……。二年ほど一緒に住んでたんですけどね。今から三年半ほど前に、東京から二人で鹿児島に引っ越してきて、鹿児島市内のアパートを借りたんです」


「へえ、元々、東京にいたのか。どうりで、標準語がしっくりきてると思った」


「トモ兄がこっちにいる包丁職人の元で勉強したかったみたいで。わたしは、ずっと東京暮らしだったから、一度、違うところで生活してみたかったんです。桜島に憧れていたし。それで、わたしが短大を卒業するタイミングに、二人で鹿児島に飛びこんだんです」


「おもいきったなあ」


「でも、来てよかったですよ。トモ兄さん、前よりも明るく話すようになってくれたし、包丁職人の勉強も順調みたいでした。わたしは事務職の仕事を見つけて、楽しく暮らしてました。それに――」


 明美は目を閉じ、深く息をついた。


「すごくすごく、大切な人にも出会いました」


 彼女の目尻がぎゅっとしぼみ、小さな唇が震えはじめる。

 ゴロタがなにも口に出せずにいると、彼女は急に声を荒げた。


「けれど……わたしたちは。わたしたちはっ!」


 ゴロタは、彼女の横顔をじっと見つめていた。


「トモ兄……あれで、よかったの?」


 明美の目に、涙が滲んできている。


「――そんなわけ、ないじゃん」


 ゴロタは、ハンカチもティッシュさえも持っていない。

 どうしてよいものか思案に暮れていると、すぐ近くから、しわがれた声がした。


「ああ! バカでアホでクソッタレなゴロタが、女の子を泣かしとる! こりゃあ、珍しいこともあったもんだ。今のうちに傘を買っとこう」


 タケ爺がずかずかとこっちにやって来る。


(憎たらしい面をしてやがるが、まあ、助かった)


 でも、体にまとわりついた、モヤッとした雲が完全にふり払われたわけじゃなかった。


 タケ爺が来たことにも気づいてはいないのだろう。

 明美はまだ体を震わせていた。


「ごめんなさい――律子さん」


 そうつぶやいた彼女の声はあまりにか弱く、鹿児島の空には似つかわしくなかった。

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