第14話 助走

 ゴロタはドトールコーヒーの中で、ホットココアをちびちびと飲んでいた。

 横の席では、タケ爺が真剣な顔つきで東スポを広げている。

 彼の視線を追うと、〈冬空に輝く、スターライトオッパイ〉という見出しが躍っていた。

 朝から元気なじいさんだ。


 十一時を少しまわると、ひとりの女が、カウンターの前をそのまま横切り、こちらに向かってくるのが見えた。

 アケミだ。

 青いベルト付きチュニックワンピースの上にバーバリーのブランケットをはおっている。

 巻き髪は健在だが、昨夜とは異なり、都内の私立大学に通っていそうな印象だ。


「よう、本当に来たんだな」


「はい」お店にいるときのように愛想をふりまくわけもなく、彼女は端的に答えた。

 少し、堅い。


「よく来たね」


 タケ爺は相好を崩し、東スポをたたみにかかった。

 が、一番上の紙面がソープ嬢紹介の記事になってしまっている。

 その不意打ちがツボにはまったらしい。

 彼女は必死に笑いをこらえながら、堅さのとれた声で「朝から、お元気ですね」と言った。


「若さの秘訣ってやつよ。アケミちゃんよ、コーヒーは飲んでかないのかい?」


 アケミは笑顔のまま首を横にふった。

 それよりも、この老人の話を早く聞きたいのだろう。


 昨日の彼女の様子から、ゴロタにももうわかっていた。

 彼女が、この仕事に、そして松田友則に浅からず関わっていることに。


「んじゃ、このままドライブに行くからよろしくな」


「え」となったのは、アケミだけじゃなく、ゴロタもだ。


「ずばり、言おう」タケ爺は急に真面目な顔つきをした。


「これから、伊藤律子に会いに行く」


 松田の手紙はタケ爺が持っている。

 ゴロタはその宛先人の名前を知らなかった。

 だが、その伊藤律子という女性が、松田の手紙の宛先人なのだろう。


 アケミから、笑顔が消えている。

 言葉が出ず、目の前にあるテーブルを見るともなくじっと見つめていた。

 

「君は、その人に会わなければならない。それは、わかっているだろう」


 アケミは目を閉じ、ふるえる声でタケ爺に答えた。


「はい……」


 松田とアケミ、それに伊藤律子なる人物がどんな関係だったのか、ゴロタに、知ろうとする気持ちはなかった。

 興味がないわけじゃない。

 ただ、この旅をつづけていけば、やがては知ってしまうのだ。


「君はタフな娘だ。見かけよりもな。大丈夫、おれたちは君を安全に届ける。君の選択がやってくる瞬間まで」


 アケミは口をぐっと閉じ、小さくうなずいた。


「でも、お店どうしよう。今日もシフト入ってるんです」


「心配しなさんな。あそこのオーナーには、おれから電話で話をつけておく。それに、旅費やその他諸々はおれが支払う。あとで、半分は友則に請求するけどな」


 しわがれた声でタケ爺は笑っている。

 ゴロタとアケミは戸惑った表情で、顔を見合わせた。


 結局は、タケ爺の背中に導かれるまま、レンタカーショップへと歩いていった。


 ――きっと、この日は、彼女の人生にとって重要な日になるんだろうな。


 ゴロタは大きくのびをし、首をこきこきと鳴らした。

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