第12話 鹿児島にて

(機内食って、人によって好き嫌いが分かれるのはなんでだろう。おれは、断然好きだな)


 ゴロタはロールパンにたっぷりバターをつけて、顔をほくほくさせていた。

 ボックスの中に食べものが圧迫されている機内食には、昔からわくわくさせられたものだった。

 だが、となりに座るタケ爺は、「だめだ、油っこい。じじいにはきつい」と言って、白ワインばかり飲んでいる。

 自分のぶんをゴロタに渡してくれるのだが……それはそれで、複雑な気分になった。

 嬉しい気持ちはあるものの、そのお弁当は、自分のものとは違う味のような気がした。

 とはいえ、結局は全部平らげるのだが。


 鹿児島空港に降り立つと、冬とはいえ、南国特有の湿っぽい空気を感じた。


 ゴロタとタケ爺が心配していたこと――松田の届け先までの道筋が、記憶にインプットされるかどうかは、杞憂に終わっていた。

 封筒に彼の髪を貼ると、ゴロタはもちろん、タケ爺にまで、到着地までの道筋が頭の中にはっきりと刻まれたのだ。


「あの森も、意外と懐が深いだろ。森の番人として、おれも鼻が高いよ」


「そっすねえ」と、ゴロタの返事はそっけない。


(帰りに、由美にもお土産を買ってきてやろう)


 さつま揚げやら焼酎やら、ロビーの売店に並ぶ鹿児島の特産が気になっていた。


「おい、ゴロタよ」


「なんすか」


「この仕事は、ゆっくり、行こう。ここまでは、あっという間に来ちまったしな」


「旅行も兼ねての仕事と思って、いいんですよね?」


 その問いに、タケ爺はニカッと笑った。

 ゴロタはそんな上司に、大げさに手を合わせてみせた。

 今までの仕事は、関東近郊に届けることしかなく、馬助の件以外は日帰りだった。

 たまには、どこかで泊まる仕事をしてみたいと思っていたし、元々、遠出は嫌いじゃない。

 何より、となりにいる不良老人が同じようにはしゃいでいるのが嬉しかった。


「ゴロタよ」


「なんすか」


「おまえさんの、そういうとこ好きだぞ。適当なところ」


「お互いさまでしょ」


「まあ、そうだな」


 記憶が導く行き先は、指宿だった。

 そこまでは空港からバスが出ているが、とりあえず鹿児島中央へと向かうことにした。

 タケ爺がそこにあるキャバクラに行きたいと言い出したのだ。


 鹿児島中央までは電車で向かい、駅ビルで一息いれてから、ひとまずは現地のシティホテルに泊まることにした。


 部屋に着くと、ゴロタはさっそくベッドに寝転がった。

 うーん、と体を伸ばしていると、タケ爺はいそいそと外へ出ていった。

 元気なじいさんだな、とゴロタは苦笑する。


 機内食を二人分食べたうえに、鹿児島中央駅の駅ビルに入っているレストランで黒豚とんかつも平らげたゴロタは、さすがに腹が苦しくなっていた。

 生来、ごろごろするのが好きなうえに、腹が満腹でベッドはふかふかだ。

 重たくなってゆく目で、ぼんやりと、ゴロタは天井を眺めた。

 眠っているのかいないのか、その境界が曖昧なまま、ただ時の流れるのを感じていた。


 やがて、薄い視界の中で、時計に目がいった。

 五時を過ぎている。


 ゴロタはガバッと身を起こした。

 せっかくここまで来たのに、と思った。

 以前にはできなかった起き方だ。


 ゴロタはざぶざぶと顔を洗い、ホテルの外へと早足で出ていった。


 東京の雑踏ほどじゃないが、この街にも人があふれていた。

 けれど、歩く雰囲気が東京とは違っている。

 歩いている人々には、どこか生活感が漂っていた。

 もちろんオシャレはしているのだけれど、それぞれの家から出た時のままの空気が、彼ら彼女らを包んでいるように見えた。


 そのまま大通りをつっきり、沿道に出た。

 ざっくばらんなネオンを灯らせたビルが、夜を迎えようとしている。

 その通りでは、袖口がゆったりとした黒スーツを着た男が呼び込みをかけていた。


 すると、ひとりのじいさんがその黒ずくめの男に歩み寄り、何やら話しかけはじめた。

 ゴロタは目をひそめる。


「よお、タイムイズマネーだぞ、ゴロタ。寝てばかりじゃ損、損」


 タケ爺はからっとした調子で声をかけ、ゴロタの腕を引っ張った。


「とりあえず、この店に入るぞ」


「しょうがねえなあ」


 ゴロタはしゃぶしゃぶを食べてから、焼酎バーに行きたかったが、タケ爺にしたがうことにした。

 こういった店が苦手とはいえ、やはり、うきうきは止められない。

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