第11話 松田の覚悟
松田友則が再びロッジにやってきて、手紙を渡してきたのは、ゴロタと初めて会ってから一か月後のことだった。
その間、ゴロタは四件の仕事をこなし、季節は冬になっていた。
ゴロタは毛布にくるまりながら、バルコニーで一緒に将棋をさしていたタケ爺と共に手をとめ、「よく書いてくれました」と松田を労った。
ようやく九州に行けるぜ、と小躍りしそうになる。
きっと、タケ爺も一緒だろう。
「まあ、せっかくだからお茶でも飲んでいきなさい」
タケ爺はにやつく顔をおさえている。
その顔をみて、ゴロタは「やっぱりな」と思う。
寒いが、古い空気がこもっていたので、ゴロタは窓を開けた。
森を通りすぎる風の音が寒気を誘う。
モミやヒノキは緑を保っているが、いくつかの葉を落としてしまった木も目立っていた。
冬の森に届く冷たい風は、その厳かな手で容赦なく身体を撫でてくるが、どこか清新な香りもする。
いくつかの緑を通ってくる間にそうした香りを身につけてくるのだろう。
以前訪ねてきたときと同じように、松田は丸テーブルの前にちょこんと座り、申し訳なさそうに紅茶をすすっていた。
タケ爺がとなりで言う。
「今日は、もう客は来なさそうだな」
「いつものことすよ」
ゴロタがこの仕事をはじめてから、一日二人以上の客は来たことがなかった。
ただでさえ依頼客は少ないので、この森が人を選ぶ基準はよほど厳しいらしい。
もっとも、松田はタケ爺がつれてきた人間なので、この森が力を貸してくれるかどうかはわからない。
だが、それならそれでかまわないとゴロタは思っていた。
あの力がなくても、なんとかして松田の手紙を届けるのだ。
それは、この仕事をして、そうしなければならない意識を積み上げてきた自分なりのルールだった。
九州に行けるから、というのとは別次元のことだ。
「あの」珍しく、松田から声を発した。
「ほ、ほ、ほんとおに、届くんですよね?」
松田のとなりにいるタケ爺はぼりぼりと頬をかきながら、「どうだろうな。約束はできん」とそっけなく言った。
ゴロタは唾をのんだ。
このひねくれ爺さんの態度は、読めないことが多い。
「仕事だからな、必死にはやるさ。ただ、確実に届けるという約束はできん。おまえにはわからんが、ある力がおまえに適用されるかは不明でな。それに――」
タケ爺がようかんをかじる。
満足したのか、頬をゆるめている。
それから、また口元をひきしめた。
「もう、自分自身じゃあ、繋げそうもないものを、誰かに託すわけだからな。それには、多大な責任がいる。おまえ自身の運命にな。友則よ、その覚悟はできているのか? 結果次第じゃあ、届いたとしても、おまえ自身の心がどうなってしまうのかは、わからんのだぞ」
タケ爺の甥っ子の目には、どんな風景をも映っていないようにみえた。
「お……おれは」
彼は震える手をおさえながら、必死で言葉を探そうとしていた。
探す必要はないのに――。
ゴロタはそう思った。
頑張れ、と口にしそうになったが、紅茶を飲んでおさえた。
タケ爺の淹れる茶はいつも薄い。
金持ちのくせに、ケチだな。
心の中で毒づいていると、松田がタケ爺と向き合った。
先ほどとは打って変わり、その眼には、彼の答えが映えていた。
「手紙を……託すよ。それが、今のおれにできることだ。じゃなきゃ、前に進めないんだ」
彼は息を大きく吐き、恥ずかしそうに紅茶をすすった。
ゴロタは頬の筋肉をひきしめ、タケ爺を見た。
彼は、からっと笑っていた。
「そうかい」
「まあ、正直、九州に行ってみたいっていう気持ちもありますしね」
横やりをいれ、ゴロタはタケ爺と共に豪快に笑った。
これでいい。
仕事にはきっと、責任感と感情、そして楽しみが必要なのだ――
と、ゴロタは思ってみたりした。
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