第3話 不器用な男
翌日、彼はタケ爺に連れられてやってきた。
タケ爺はニコニコとし、彼はうつむいている。
「ほれ、こいつが例の甥っ子だ。ゴロタの方が年下なんだから、さっさと挨拶せんかい」
(ちっ、甥っ子の前だからって偉ぶりやがって)
とはいえ最初が肝心だと思い、ゴロタは軽く頭を下げた。
「初めまして。山田権といいます」
「ども……」
――なるほど、久しぶりに味わうまずい空気だ。ゴロタは気をとり直して口を開いた。
「あの、お名前を伺ってもよろしいでしょうか」
「ばびょ……」
「ばびょ?」
ちらと、タケ爺に目をやった。
笑いをこらえようと、口で手を覆っている。
このじじい。
タケ爺はゴロタの視線を受け流し、自分の甥っ子の肩をつついた。
「ほれ、名前くらい言ってやれ」
ようやく、男がゴロタの方を向いた。
眉が太く、二重まぶたの下の瞳が大きくて、あごが角ばっている。
ひと昔前の俳優みたいな顔立ちだ。
「ま、
ほ、とひと安心したような声色で、ゴロタは返事をした。
「よろしくお願いします。んじゃ、とりあえずお茶でも用意しますんで。今、椅子を持ってきますんで少々お待ちください」
丸テーブルの前に座椅子を二つ用意し、ゴロタはそそくさとお茶の準備をしはじめた。
お茶を沸かしながら、ちらと二人の方を見ると、松田という男は膝を窮屈そうに閉じたまま、まっすぐにテーブルの上を見ていた。
タケ爺の方は、股間をぼりぼりとかいてはあくびをしている。
「お待たせしました」
二人の前に茶を置くと、ゴロタはそのまま床に座った。
この部屋には、座椅子は二つしかないのだ。
「うーん、レモネードがよかったな」と、意外に洋風の飲食物が好きなタケ爺がこぼす。
「駅前にある、あのなんとかっていう店のレモネードが飲みたいな」
「ああ、それなら喫茶ブルーすね。そこのマスター、もうすぐ店閉めるらしいすよ」
「なんだって。そりゃ、一大事だ」
ともあれ、タケ爺との会話を打ち切り、松田に話しかけることにした。
「いい天気ですね」
「ええ……」
「ここまでは、遠かったんですか?」
「まあまあ……」
「どちらにお住まいで?」
「東京の方、です」
司会者の偉大さが、ゴロタには少しわかった気がした。
会話というものは、相手によっていくらでも難易度が変わる。
少しは気を遣うつもりになったのだろう。
代わりに、タケ爺が話をすすめてくれた。
「ゴロタよ、いつも通りの仕事だと思ってくれればいい」
「手紙は?」
「まだ書いてないらしい」
「これから書くってことですか?」
「うん、そう」
ゴロタは微かに眉をしかめた。
できるなら、さっさと済ませた方がいい案件だと考えていたのだ。
「今日は、ひとまず話をしとこうと思ってな。こいつも、休みをとってここまで来たんだよ」
松田の視線は、相変わらずテーブルという狭い海の上で泳いでいる。
この男にも、休みまで使って届けたい想いがあるのか――。
「松田さんは、どういうお仕事をしているんですか?」
「包丁を作ってます」
声は小さいものの、彼ははっきりと答えてくれた。
タケ爺が横から言った。
「会ってみてわかったと思うが、不器用な奴でな。あまり、人と関わりたがらない性分なんだよ。ただ、仕事に対してはクソ真面目でよ。こいつの職人魂は見あげたもんだ」
なるほど、今の自分に一番必要なことだな、とゴロタは思った。
ともあれ、そんなことは帰った後にでも考えればいい。
今はこの仕事がある。
ゴロタはつづけた。
「それで、どういう方に届けたいんですか?」
「……ぼくにとって、母のような人にです」
ゴロタはタケ爺に目を合わせた。
タケ爺は、黙ってうなずいた。
今は余計なことは聞かない方がいいのだろう。
ゴロタは質問をつづけることにした。
「その方は、どこにいるんです?」
「鹿児島、です」
ひとつ息をつき、ゴロタは鹿児島という遠い地を想像してみた。
まだ、九州には行ったことがなかった。
焼酎、黒豚、白くま、桜島、海、温泉……。
そそくさと心が逸りはじめる。
「タケ爺、経費は出るんですよね?」
「ホテル代と交通費は出そう。あっ、あと焼酎買ってきてくれんかね。魔王がいいな。駄賃は渡すからさ」
「さすが。タケ爺のそういうところ、尊敬してますぜ」
へん、と唇を曲げると、タケ爺はまんざらでもない顔でお茶をすすった。
結局、この日はタケ爺と一緒に九州の話ばかりして――松田を置いてけぼりにしたまま――終わった。
その会話の流れで、今回の仕事は結局、タケ爺も同行することになった。
いずれにせよ、松田が手紙を書かなければ、話にならない。
(早く書くんだぞ、松田さん)
ゴロタは勝手にそう願っていた。
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