第二章 とどまった想い 第1話 馬鹿かな

「コンピューターなんざ、マジックみたいなもんだぜ。マジックなんだから、もたつくのは当然。気長に待とうぜ」


 そう言って、ゴロタはせんべいをかじった。

 バリッと乾いた音が自分の部屋に響く。

 となりでは、悪友の太郎が苦虫を噛み潰したような顔つきで目の前のPCを見つめていた。

 ウィンドウに映るカーソルはぐるぐるとまわるばかりで、お目当てのサイトはまだ出てきていない。


「おまえってやつは、気楽でいいよな。警官の仕事ってのは、待つことが基本なんだけどよお。おまえのほうが向いてるかもな、おれの職業」


「日本のためにならない提案だな。おれにゃあ、正義感がねえよ」


「本当に正義を持ってる奴に、自分が正義感あると思ってる奴ぁ、いねえさ」


「そんなもんかね」


「今、配達の仕事してんだっけ? どうよ、調子は」


 面倒なので、ゴロタは太郎に今の仕事の説明はしていなかった。

 だから、配達の仕事とだけ言っていた。

 

「まあ、そうだな。気楽にやってるよ」


 もう、公園や街路には紅葉の木々が色づいている。


 馬助の件以来、ゴロタはすでに十数件の手紙を届けていた。


 どの依頼人も、馬助と同じように『会いたい、届けたい』という一心と手紙を持って、森を訪ねに来ていた。

 その後の手順は、馬助のときと同じく、手紙か封筒に依頼人の髪の毛を貼り、あの不思議な力にもらった記憶にしたがって、道筋をなぞっていくやり方だった。

 依頼人は口々に、「どこで知ったのかは忘れたけれど、この森に行けば手紙を届けられるのを知っていた」というようなことを言っていた。

 やはり、馬助が特別なわけじゃなかったのだ。


 手紙を届けた後は、どういう結果になったのかわからない人もいるし、宛先人から手紙の返事をもらった人、手紙がきっかけで直接会いに行くことになった人もいる。

 その顛末をどこまで見届けるかは、そのときの展開によった。

 報酬はお客さん自身が決めるやり方なので、そんな彼らがタケ爺の口座にいくら振り込んだのかゴロタは知らないが、いずれにせよ、そんなことに興味はない。


 自分の客となった人達のうち、ゴロタは、今でも馬助とだけはちょくちょく飲みにいっている。


「おまえ、変なところで純粋だからさ。派閥とかのねえ会社で働けるといいよな」


 マウスを忙しなく動かしながら、ふいに太郎はそう言った。

 この悪友は、よくわからないタイミングで真面目になるところがある。


「なんだよ、それ」


「応援してんだぜ、これでも」


「ほんとかよ」


「なんていえばいいんだろうな。あれだ、おまえには気がするんだよ。大半の人が普段は気づかないとことかよ。遠回りしかしてねえから、そのぶんだけ、そういう感覚をもらったのかもな」


「あんだよ、急に……」ゴロタは頭をかいた。


「おっ、これだ」


 ようやく、お目当てのサイトに到着したらしい。

 そこには、スケベ極まりない動画がわんさかと掲載されていた。

 

「うひょ、たしかにマジックだな。スケベマジック。IT社会、ばんばんざいだぜ」


「おまえ、ほんとに警官?」


「クールぶってんじゃねえぞ。変態のくせに」


「おりゃあな、太郎。エロスってもんに敬意を払ってんだよ。だから、その対価としてせめてお金を払って、DVDを購入してるわけよ。無料でエロいもんを見るなんざ、どうも気にくわねえ」


「そのわりに、画面に釘付けじゃねえか」


「む」ご指摘の通り、ゴロタの目は画面から逃れられずにいる。

 

「この口だけ野郎が」


 返す言葉がない。


「ヘンタイ」


 今度は、部屋の入り口の方から、冷めた声がゴロタの耳を突き抜けてきた。

 ふり返ると、妹の由美がドア口のところに立っていた。


「やあ、由美ちゃん。今日もかわいいね」


「うるさい、タロー」


「結婚しよう」


「とりあえず、死ね」


 太郎は気にせず、馬鹿みたいに笑っている。


「相変わらず、遠慮がないなあ。由美ちゃんの彼氏も大変だね」


「うちのお兄ちゃん、ただでさえどうしようもないのに、タローが加わると五割増しでどうしようもなくなるんだもん。目障りだから、遊ぶときはどこか遠くに行ってほしいわ」


「うう、ひどい。こうして、兄の心はますます痛んでゆくのだよ」


 ゴロタは泣きそうな顔をしてみせる。が、


「知るか」


 と我が妹は冷たい。


 ピシャリと扉を閉めた後に響くズカズカとした足音は、この家ではいつも通りのことだった。


「おまえ、あんまりあの子に心配かけんなよ」


 知らん顔をしてまた画面へと旅立つ太郎に、軽い殺意を覚えながらもゴロタはこらえる。


 『馬鹿は死ななきゃ治らない』


 そんな言葉が頭に浮かんだ。

 その言葉にふさわしい奴が、自分のとなりにいる。

 ただ、そんな馬鹿でさえ、手に職を持っていた。


 おれにもできる――。


 悪友の横顔を見ながら、ゴロタはそう思ってみるのだった。

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