第16話 佳子の視点~手紙を読む~
*
――身なりは普通だけど、あけっぴろげで、それでいて、どこかアウトローじみた印象のある客だ。
フロントに戻ると、佳子はため息をついた。
なぜだか、昔のことを思い出していた。
自分は比較的、無難な道、無難な男を選んできたつもりだった。
それでも、たまに冒険してみると、さっきの客のようなどこか陰のある男に騙されてきた。
その客が、突然、手紙を渡してきた。
身に覚えはない。
けれども、悪い気はしなかった。
川崎から実家のあるこっちに戻って来て、このホテルに就職し、生活は安定しているものの、川崎や東京にいた頃のような刺激が欲しくなるときがある。
(もしかして、あの客はどこかでわたしを見て気に入り、思いきってラブレターを渡してきたんだろうか)
同僚に声をかけ、十分ほど休憩をとることにした。
従業員用の休憩室に入ると、佳子の他には誰もいなかった。
地方のホテルは、従業員が少ない。
普段は、それが頭にくることが多々あったが、このときだけはありがたかった。
遠慮なくソファに腰をおろし、封筒には目を通さず、さっそく封を切った。
そこには、ひと目でわかる学のない字がつらなっていた。
差出人に目を向けた。
山本馬助、と書いてある。
強い呼吸音が鳴った。
自分の鼻から出たものだ。
折原佳子様
おげん気ですか? ぼくはおげん気びんびんです。
なぜげん気かというと、げん気なものはげん気だからです。イチ、ニ、サン、ダー!
あいかわらず、げんばではたらく日がつづいております。体だけはがんじょうなので、ケガもせず、いっしょうけんめいにやってますよ~。
ときに、わらうこともあります。おこることもあります。けれども、めったなことでケンカはしないようにしてます。きみがいやがるから。
ぼくは、バカです。よくおこっていたきみの方が知ってるだろうけど(笑)
思いだします。二人でみうらかいがんに行ったとき、かいそうをもってかえって、ワカメ屋さんをはじめようと言ったら、きみがフンガアとおこりだしたこと。ほどうきょうで、立ちしょんべんしようとしたら、心のそこからがっかりした顔して、さっさと帰ってしまったこと。
あれから、ぼくは変われませんでした。そして、君はどこかに行ってしまいました。
きっと、あたらしいところで、あたらしい気持ちをつかんだんだろうね。
ぼくは、それでも。それでも、ぼくは君が恋しくてたまりません。君のいないふうけいが、むねをしめつけるのです。
うまくいくように。さいこうのおれになれるように。おれはがんばるから。
だから、もういちど、目のまえで好きだと言わせてほしい。
もういちど、あいたい。
おへんじがいただければ、さいわいです。
好きです。
山本 馬助
不器用な字だなあ――。
そう思いつつも、両目は文面から離れようとしなかった。
気がつけば、十分が過ぎていた。
*
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