第15話 あなたへの手紙

 アクアラインを抜けて、木更津で下り、海沿いの国道に沿って、ゆったりとした速度で走ってゆく。

 考えてみれば、ここ数年は旅行らしい旅行をしていない。


(そうだ、この仕事が済んだら、どこかで一泊しよう。タケ爺から相応の経費はもらってるしな)


 ゴロタは、を気分よく通り抜けていく。

 昨日、髪の毛を封筒に貼ったあの瞬間から今に至るまで、頭の中にはその道筋が鮮明に描かれていた。


 辺りには、対岸の東京とは対照的に、質素な光景がつづいている。

 築何十年も建っているであろう木造建築が並び、カートを押しながら歩く老人を何人か見かけた。

 あまり、若者はいないようだ。

 どうやら、大都市以外の過疎化は、こんな身近なところにまでも広がっているらしい。


 ゴロタは道路看板に目をやった。

 館山と書いてある。

 もうひとつの自分の中の地図も、今の光景と一致していた。

 そろそろだ。


 ラジオから、ジェヴェック・スティールの〈コーリングユー〉が流れていた。

 ささやくような歌声が車内に響いたまま、十字路を左に曲がった先にある中規模の観光用ホテルの駐車場に入り、ゆっくりとブレーキを踏んで、レクサスを停めた。


 ゴロタはタバコに火をつけた。

 紫煙が車外へと吐きだされてゆく。

 ここまで自分を導いてきた記憶は、もう道筋を示していなかった。

 馬助の想い人は、このホテルの中にいるのだ。

 

 短くなったタバコを灰皿に押しつけ、ゴロタは車から降りた。

 少しだけストレッチをして、ホテルの中へと入っていった。


 フロントには、木彫りの調度品が置いてあり、デスクには館山の観光名所はもちろん、鴨川シーワールドのポスターまでがずらっと貼られている。


 受付をしている女性が「いらっしゃいませ」と頭を下げてきた。

 彼女の目は小鹿のようにつぶらで、鼻は小さな団子のようにぽてっとしている。

 デスクの向こう側なので全体は見えないが、ぽっちゃりとした印象のある娘だった。


 間違いない。

 この娘が佳子だ、とゴロタは直感的に思った。

 あの不思議な力は、道筋は示すものの、人の顔までは浮かび上がらせない。

 が、目の前にいる女は馬助から聞いていた外見と一致するし、ゴロタは自分の勘を信じる性質たちだった。


「ようこそお越しくださいました。ご予約頂いたお客様でしょうか」


「いや、そうじゃないんだけど、一泊していいかな」


 言いながら、ゴロタは(どうせだから、ここで一泊しちまうべ。じいさん、ありがとう)と勝手に決めていた。


「シングルとダブルのお部屋が空いていますが、どちらも喫煙部屋となります。よろしいでしょうか」


「ああ、その方がいい。部屋はシングルでお願いします」


「ありがとうございます」と笑顔で言い、宿泊名簿を取り出す彼女の胸元にはネームプレートが付けられていた。

折原佳子おりはらよしこ〉と書いてある。


 はて、どうしたものか――。

 自分の勘は当たっていたようだが、いきなり馬助の手紙を見せるのもおかしい。

 名簿に記帳しつつ思案してみるが、なにも浮かばなかった。

 記帳が終わると、佳子はさっそく部屋のキーを手にとり、慣れた足取りでゴロタの案内をした。

 先に歩く彼女のヒップラインは丸みを帯び、ブラウスから伸びる手足はもちもちとしていそうだった。

 なるほど、馬助の言う通りのボディらしい。


 エレベーターに乗り、四階の端にある部屋の前に着くと、彼女はドアを開けながら笑顔で「どうぞ」と言った。

 どこかの広告を借りてきたような笑みだと、ゴロタは思った。


 大浴場の場所など一通りの説明を終えると、彼女は「ゆっくりとお過ごしくださいませ」と言って一礼した。


「ああ、ありがとう」


「なにかございましたら、内線番号でお申しつけくださいませ」


 うなずき、部屋に入ろうとしたところでゴロタは佳子の方にふり向いた。

 さっそくのお申しつけかな、という顔をする彼女。


 ここまできたら、尻込みしているわけにはいかないし、仕事をさっさと終わらせてゆっくりしたい。

 そう決心すると、ゴロタはバッグを開けてクリアケースを出し、そこから一通の手紙を抜き取った。


「これは、あなたへの手紙です」


 当然、佳子はきょとんとしていた。

 かまわずに、ゴロタはつづけた。


「誰からかも、読めばわかります」


 ゴロタは軽く頭を下げてから、自分でドアを閉めた。


 洋室の部屋は簡素で、シングルベッドと二十四インチのテレビ、大きな鏡台などがあるくらいだった。

 だが、ベランダは広く、市内と遠くざわめく海を展望することができた。


 そのベランダに出て、うーんとのびをしてから、ゴロタはビーチチェアに座ってぼんやりと景色を眺めはじめた。

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