第終話 禍福糾纆の少女


 禍福糾纆かふくきゅうぼくって言うけど、幸と不幸をまぜこぜにしちゃってる時点でダメだよね。幸せは幸せ、不幸は不幸なんだよ、そこに境界線はあるに決まってる。


 祠の前に少女はいた。祠の神様にお願いしたら、片思いだった彼と付き合うことができたからだ。彼女は今、一切の不満なく、心が満たされていた。


 この夏の暑さだって、これから繰り広げられる熱い恋の物語に比べたら涼しいものなのかもしれない。太陽が唐突に失われて、数日が経った。空は相変わらず曇り空だが、晴れやかな気持ちで、彼女は足取り軽く、いつもの道を歩いていた。


「神様どうも、ありがとう」


 感謝してもしきれないと言う思いで、彼女は幸せいっぱい、満面の笑みで闊歩かっぽする。


 だが、幸せの絶頂と言うのは、あくまでいただきであって、てっぺんまできた人生は下降の一途をたどると言うことは必然である。


 当然、彼女もそれを弱冠十四歳で理解していた。きっと自分は今幸せで、その幸せはいつか崩壊する。きっとこれからは良くないことだって起こるんだろう。


――彼女はそれを予感し、予見していた。


 だからこそ、彼女は不幸が待ち受けていても仕方ないと思った。幸せになった人にはまた、苦難や辛苦が訪れると思っていた。


 彼女はふと祠の花に目がいった。不気味なまでに青い、青いのになぜか、不純物で濁ったような青。


 全ての色をまぜこぜにして、この世の邪悪を煮詰めて固めたような、黒みがかった青。


 その青に、思わず彼女は目を逸らした。


「どうして、この花が一本だけ……」


 見たことのないその一本のその花を、不吉に思った彼女。彼女はその花を見ないようにしているはずなのに、なぜか無意識がそれを許してはくれない。蠱惑的こわくてきなその花を、どうしてか見過ごすことができなかった。


「ちRAく知ト奈ノNI」


 触れた途端に意識が、脳が、支配される感覚に陥った。頭が掻きまわされるように揺れる。考えていることをそのまま読み取られている、自分と言う個人が何者かに操作される、そんな恐れを抱く。


――「好き」


 彼女は目の前の花と確かに対話した。花の言葉が聞こえてきたのだ。


そんなメルヘンなことがあるはずがない、自分でも分かっている。脳内がお花畑なのか、本当におめでたいやつだ。


 そのおめでたい彼女に拍車をかけるかのように、空から太陽が顔を出した。今までの光っていなかったのは皆既日食でしたと言わんばかりに、平然と、また私達の前に姿を現した。


「これ、あたしがやったの?」


 幸運に幸運を重ねるスーパーラッキーガールの称号をもらっても良いくらい、素敵な一日の幕開けを感じさせる出来事だった。彼女はあまりの事の大きさにしばらくそこから動くことができなかった。


 彼女は平静を取り戻すと、その青い花らから一目散に逃げようと試みた。もうあんな花と関わってはいけない。きっと、ろくなことがない。せっかく幸せになったのに、こんな花一本に幸せを奪われてたまるか。不幸から逃げれるものなら逃げてみせる。


 少女は逃れられぬ運命があると知りながらも、そこから必死になって離れようとした。幸せと不幸せは紙一重だと心のどこかで理解しながらも、懸命にその命運さだめから解放されることを願った。


 せっかく手に入れた幸せなんだ。もう少し、せめてあと一日……


 少女が辿り着いたのは池。青く澄み渡るなんて形容は到底できないよくある普通のため池。その土手に、一輪の花を見た。


「まあ、そうなるよね」


 少女は内心諦めてはいたものの、あの禍々しいものから逃れられるかもしれないと期待していた。


 先ほど祠で見た青い花は、群生もせずにただ凛と咲いていた。もしかしたらこれを美しいと見る人もいるかもしれない。しかし、彼女には全く、秀麗に映ることはなかった。醜悪なその花からは、お前を逃がさないと言う強い執念を感じた。


 一体何がいけなかったのだろう。彼女は自身を振り返る。何も悪い事なんてなかった。むやみな殺生をして罰があたったなんて言う心あたりはないし、人間関係のもつれなどと言われるものもない。


 まあ、運が悪かった。巡り合わせが悪かったと考えるしかないのだろうか。


 太陽が燦々さんさんと照り付ける。


 きっとニュースはこの話題でもちきりだろう。この太陽を元に戻したのは私なんだぞ。もっと感謝してもらってもいいんだぞ。


 そんなことを考えながら、少女は池の水面に映る自分を見つめた。


 一輪の物言わぬ青い花は、少女のことをどう思ったのだろうか……


 太陽はまた空に上がって少女と花を見下ろしている。


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青い花 阿礼 泣素 @super_angel

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