飯島冬樹の語り
……はい。そうです。兄の霊感というか、そういうものに関してはさっき話した通りです。先輩たちと、花園くんと同じような人なんだと思います。相談というのは、その兄についてです。
ありがとうございます。
兄には彼女がいました。あ、普通に大学に通ってた頃の話です。……今は、休学してるんですけど。
彼女は時々家に遊びに来ていました。仲も良さげでしたし、俺にも親しげに話しかけてきて、良い人そうに見えました。
でもある時、事件が起こりました。
彼女が兄を傷つけて自殺したんです。それも、我が家で。俺はそのとき家にいなかったし、後から聞いた話ですけど……。彼女はハサミで兄の首を……幸い太い血管とかを傷つけるまでには至らなかったので、傷は残りましたが、障害とかは残らず済みました。でも彼女は亡くなりました。え、理由ですか。確かになんでそんなことをしたのか不思議ですよね。痴情のもつれって言うんですかね、こういうの。兄は別れを切り出した。彼女は嫌がった。そうして話がもつれていくうち、彼女は部屋にあったハサミを手にとって無理心中を図ろうとした——そんな感じだったそうです。まあ、兄の話……本人は話したがらなかったので、ほとんど警察による話ですが。とにかく、それ以来兄は外に出られなくなりました。俺たち家族が外に連れ出しても、少し歩いただけで足を震わせて動けなくなるんです。それで、今は学校を休んでいます。それに、ハサミを見ると怯えたような反応をするようになりました。……当然だと思います。他の刃物は平気なんですけどね。
はい、引っ越しもしました。そんな事件が起きた家には住みたいとはきっと誰も思わなかったし、近所の目もあるし、何より本人の精神的に良くないでしょう。まあでも、元の家とそこまで遠くない場所ですよ。
話の本題はここからです。すみません、前置きが長くて。
ある日の夕方、兄の部屋の前を通ったら、女の人の声がボソボソ聞こえてきました。誰なんだろう、もしかして母がカウンセラーとか連れてきたのかな、なんて思っていました。今考えれば不自然なんですけど、ドアも薄く開いていたので、そこから少し部屋の中を覗いてしまいました。
部屋にいるのは兄一人でした。そして女の人の声は、兄の声——いや、あれは兄の声とは思えなかったというか、別人の声だと思うんです。その声で何かボソボソ独り言を呟いて、俯いて座り、首の絆創膏を引っ掻いていました。剥がそうとしているように……兄は傷を見たくないのか、首に包帯を巻いたり大きな絆創膏を貼ったりしているんです。とにかく訳がわかりませんでした。でもその日、次に兄の顔を見た時、何もおかしなところはなくいつも通りでした。だけど、女の人みたいな声で独り言をつぶやく兄さんはそれから何度も見かけて。
それで、「そうなっている」と気がつかず、話しかけちゃったことがあったんです。
そうしたら。
「ああ、フユくん」
という、高い声が返ってきました。
フユくん、そんな呼び方を兄はしません。フユキ、そう呼びます。そんな高い声でそんな呼び方はしません。恐ろしくなって、俺は自室に駆け戻りました。その日は怖くてまともに兄さんを見ることができませんでした。
だって、俺のこと、フユくんなんて呼び方するの……兄の……亡くなった、元カノの……。
……兄の頭がおかしくなったんだって、両親はそう言います。仕方ない、あんなことがあったんだからって。二重人格って言うんでしょうか、そういうのじゃないかって。
でも、本当にそうなんでしょうか。話した通り、兄は「そういう人」……見えるのかもしれないんです。今回のこれも、それと関わりがあるんじゃないかって、そう思えて仕方ないんです。
でも、俺は兄や同好会のみんなと違って見えるとか感じるとかないし、確かめようも……どうしようもなくて……。
それで、先輩にオカルト同好会に誘われたとき、もしかしたら何か分かったりとかするかもしれないって。「見える」って言われたとき、何か聞けるかもしれないと思ったんです。
……聞いていただいて、ありがとうございます。
虚の箱 カガ @kagari7799
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