24(終) つながる夢
学園祭が終わってすっかり腑抜けになってしまった。
いや腑抜けている場合ではない。定期テストが待っている。勉強しなければ。
テスト期間に入る直前、テスト範囲が通知された。一学期前半と中学のおさらい。一学期前半はともかく中学のほうに自信がない。なんせそのころは勉強なんぞやる気がなかったからだ。特に数学なんぞはほぼほぼ昼寝の時間で、テストも30点とかそんな感じだった。
それを高良さんに相談した。高良さんは、「中学の参考書が図書室に揃っているから、一緒に見てみようか」と提案してきた。二人で図書室に向かい、数学の参考書を出してにらめっこする。
「れいらくんは……この学校に入れて幸せかい?」
「幸せですよ、素敵な先輩や楽しい友達に囲まれて、勉強も部活も楽しいし、大学も視野に入れられるし……でも赤点取れないんだよなあ。赤点取ったら即詰み参りましただぁ……」
「赤点を取らないように、いっしょに勉強しよう。……私もね、幸せだよ」
うれしかった。高良さんは、その日から熱心に数学と物理を教えてくれた。
テスト期間に入り、土曜日も部活でなく自主学習になった。始発で家を出て、土曜日の学校で公式を覚えたり英単語を覚えたり頑張った。
頑張るって、こんなに楽しいのかぁ。
不思議な気分だった。頑張って頑張って、疲れているはずなのに、まだまだ勉強できる。勉強するって楽しいんだ。閉店後のカロリー軒で(なぜカロリー軒なのかというと家だとガキンチョABが妨害してくるからである)課題をこなし、高良さんが簡単に用意してくれたノートを見る。
高良さんは、字まできれいだ。
それは高良さんの心がきれいだからだ。
そしていよいよ定期テストがやってきた。高良さんがファイルに綴じてくれた過去問や、先生の性格から分析した出題予想が、ずばりと的中していた。
完全なる「進●ゼミでやったやつだ!」状態だ。
なるほどなあー! 勉強ってこうやってやるのかあー!
高良さんに見出してもらわなければ、こうしてここで「楽しく勉強する」ことはなかった。だからあたしはあのときのあたしの勇気を褒めたい。
すべてのテストが終わってくたくたになった。まだ昼でまっすぐ帰りたくなかったので、チャペルに向かった。この学校は創立したころはカトリック系だったそうなのだが、保護者の意見や偉い人たちの会議を重ねた結果、宗教的なことを学校でやるのはどうか、ということで、毎朝朝礼がわりのミサをやるのはやめたそうだ。
高良さんが、ぼろっちいベンチにかけて、ステンドグラスの窓を見ていた。
「高良さん」
声をかけると、高良さんが振り向いた。笑顔だ。しかし疲れている。
「やあれいらくん。テスト、どうだった?」
「高良さんのヤマが当たりました」
「ははは。実は余計な世話を焼いてしまったかと心配していたんだ。当たったならうれしいよ」
「まあ赤点回避はできるかどうか自信ないですけど」
「そこは自信を持ちたまえよ。れいらくんは賢くて強い子だ。しっかり勉強したから大丈夫」
「そうですかねえ……あ。そういうふうに自信がないって言ったら、高良さんが教えてくれたことが無駄になっちゃう。あります、自信あります」
高良さんは噴き出して、アハハハと陽気に笑った。
「いいんだよ。きっと大丈夫、って思っていられたら、それで」
高良さんの横にかけると、高良さんは頭をよしよししてきた。幸せだった。
「あーっゴリンジが妹といちゃついてるです。先客ありなのです。どうするですか」
「いいんじゃないですか、ここでいちゃついて」恐るべきだみ声。鈴木さんと桃井先輩だ。
「あら桃井、あなたもいちゃつく場所にチャペルを選んだの? 先客は高良とれいらちゃん……我々は随分バチ当たりね」塔原部長はほほ、と上品に笑った。
「早苗さん、キリスト教の神様は簡単にバチを当てるタイプじゃないって世界史の先生がおっしゃってました!」白野さんの元気いっぱい屈託のない声。いやちょっと待て、キリスト教の神様ってエジプトの長男をめった殺しにしたんじゃなかったか。
「うええ大混雑してるぞい……どうするよ美月ちゃん」
「こういうのを『キャラクターが大渋滞』って言うんだっておじいさまが言ってましたわ」
蕎麦木先輩と竹屋さんも来た。なんだお前らいちゃつく場所にチャペルを選択するとは考えることが一緒だな。そう思っていると高良さんが手を挙げて、
「……みんなで、れいらくんのお家のカロリー軒に、テストの打ち上げしにいかないかい? 桃井は行ったことないよね。……あ、豚肉は戒律的にアウトなのかな?」と提案した。
「カロリー軒て……入る人の勇気を試す名前の食堂なのです……ああ、父は戒律を守りましたですが、母は豚肉もタコもガンガンわたしに食べさせたですから大丈夫です」
というわけでキャラクターが大渋滞状態の八人で、リムジンに乗ってカロリー軒にやってきた。奥の座敷席が空いていたので全員そこに納まる。
出てきたお冷で乾杯した。
「テスト、おつかれさまー!」高良さんが乾杯の音頭をとる。
「「「おつかれさまー!」」」
いつのまにやらお嬢様のたまり場になってしまったカロリー軒であるが、昼なので向かいの建設会社のおじさんたちも来ている。端的に言って大繁盛。
みんなラーメンだの餃子だのニラレバ炒めだのを発注し、ぱくぱく食べた。ラーメンは音を立ててすするのが正しい食べ方なのだが、お嬢様たちにはハードルが高いらしい。
「テストの結果って、いつ出るんですか?」白野さんが先輩たちに訊ねる。
「来週の月曜よ。きょうは金曜だもの。ああ、すごい解放感」
「この解放感って夏に和服を脱いだときみたいだよね。帯のあたりどちゃくそ蒸れるじゃん」
蕎麦木先輩のお嬢様しかわからない比喩に、みなうむうむと納得している。ひとり納得できない自分が情けない。
みんなでお昼ご飯を食べて、他愛のない話をした。後輩からは「王子様」と呼ばれている高良さんが、いかに小心者で怖がりか。いかにビビりで根性なしか。先輩たちはニコニコでそういう話をして、高良さんは真っ赤になってうつむいている。
「でも、その高良が勇気を出してみようと思ったのは、すごいことだよ」
蕎麦木先輩はそうつぶやく。塔原部長も頷く。
「そうね、高良は頑張ってる。高良がカッコよく振舞ってるの、最初こそ違和感があったけど、いまはすっかり慣れちゃったわ。いくじなしの高良も、イケメンの高良も、どっちも好きよ」
「そうなのです。……わたしも、勇気を出してみようと思うです。来週から、教室に行ってみるです。こうやって友達もできたし、妹にカッコイイところみせたいのです」
先輩たちは、もう高良さんが「無理をしている」とは思っていないようだった。
カロリー軒で食事ののち、みなリムジンで帰っていった。父さんに、
「れいらの学校の子らがくると、カロリー軒が華やかになっていいな」
と斜め上の感謝をされた。家に戻ると姉ABがあたしを見て、
「テストどうだった? 大丈夫だった?」とか、「赤点取らないよね、大学いくよね」
と言ってきた。ああ、姉ABは、大学に行くという夢をあたしに託したのだ。
持ち帰った問題用紙を開き、メモした解答を確認し、テキストを見て答え合わせをする。ぜんぶ七十点以上。こんなやばい点数取ったのは生まれて初めて。いやでも正解だと思ったのが間違ってる可能性もある。というかこの点数、ドラ●もんのコンピ●ーターペンシルを使ったのではと思われるのではなかろうか……。
そして月曜の朝、継母は「まあ、せいぜい卒業後の就職先を心配することね」と憎まれ口をたたいてきた。学校について、すべての科目のテストがその日のうちに帰ってきた。
赤点は、ひとつもなかった。
放課後、チャペルで高良さんにテストを見せた。高良さんは、すごくすごく、嬉しそうな顔をした。あたしだって嬉しいよこんなの。高良さんはあたしを抱き寄せると、頬に、小鳥が枝にとまるような、小さなキスをした。
「高良さん、これからもずっと、あたしのお姉さんでいてください」
「もちろんだとも。れいらくん、これからもずっと、私の妹でいてくれないか」
当然です、と答えた。
ずっとずっと、高良さんと一緒にいたいと、そう思った。
制服の下にかけているロザリオをとる。ぎゅっと握って、きょうも頑張って生きる。
やさぐれシンデレラの野望 金澤流都 @kanezya
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