第10話
「こういうのってお別れになるタイミングでする話なんじゃないのか?」
「うるっせぇな、何回その話するんだよ」
別におっさんとのお別れではありませんでした。
返せ、俺のしんみり。
笑って缶ビールを持ち上げたおっさんは、もう一本良いよな? と普通に尋ねるだけだった。
固まる俺を放置して、次の缶を開けて飲みだすおっさんに思わず叫んだのが昨日の話。
「そもそも、良くはなってもまだ彼女もいないお前を放置出来るか、この童貞野郎が」
「童貞ちゃうし」
「気持ちが童貞って言ってんだよ」
くっそ、言いたい放題言いやがって……ッ!
良いよ! 心に余裕が出来たんだ! 俺にだって彼女が出来ることを証明してやる!!
「行ってきます!」
「おーぅ、今夜はクリームシチューだぞー」
絶対に可愛い彼女をつくって、今のセリフをその子に言ってもらうんだ!
全裸のおっさんからじゃなくてな!!
しっかりとアイロンがきいたワイシャツと、消臭までされているスーツを身に纏い、俺は今日も会社へと向かうのだった。
※※※
「……行ってらっしゃい」
扉が閉まる。彼が階段を降りていく。
その音を聞き届けて、私はその場に崩れ落ちた。
もう少し、あと少し。
ここまで来たんだ。まだ、まだ終われない。
『まだ続ける気ですか』
「……はい」
本当に私は上司に恵まれた。おせっかいで甘くて、優しくて。まるで彼のよう。
淡い光が私の身体を包み込み、人間のおじさんだった見た目から元の姿に戻っていく。
『天使の輪を外さないと下界の存在に認知されない。ですが、輪を外すと言うことは私たちにとって命を削ると同義』
「思ってたより、しんどいですねぇ……」
『ただでさえきついなかで、見た目を変化させているのだから当たり前です。あの人間は私の目から見ても大きく改善されました。ここで終わりにしなさい』
「無理な相談、ですね……」
『どうして、そこまで拘るのですか』
当然すぎるほど当たり前な質問に、失礼を承知で笑ってしまう。
そんなもの、決まっているじゃないですか。
始めて会った時、彼は本当に彼でした。不器用で意気地がなくて泣き虫で、そして誰よりも優しくて。
見ているこっちが呆れてしまうほど生きるのが下手くそな彼を始めて見たときは、馬鹿な人間もいるもんだ、としか思わなかった。
それでも、何度か見かける度に、そのたびに彼は怒られていた。誰かの責任を押し付けられて。
見てしまったなら仕方ない。
見続けてしまったのなら仕方ない。
惚れてしまったのなら仕方ない。
「天使と人間は結ばれませんから」
これは意地です。
好きになってしまった人が幸せになれるように。あの人が誰よりも幸せだったと笑えるように。
「もしかしたら、あの人が死んだあとで再会できるかもしれないじゃないですか」
あの人ならきっと天国へ来てくれる。
「その時、お嫁さんからあの人を奪うのです」
彼の言う通り、私は天使ではなく魑魅魍魎かもしれません。こんな私を許してくださっている神様は実は邪神っぽさも持ち合わせていらっしゃるのかもしれません。
ですが、良いのです。
誰に何と言われようとも、
「恋は戦争ですから」
社畜の俺が全裸のおっさんを拾う。 @chauchau
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