5・ 興味

恋をしたことがないほどに恋に疎いという変わった千夜先輩だけど、友人には恵まれているらしい。


「へぇ、君が千夜の彼氏君ね」


そう言いながら様々な角度から見てくるのは久留守先輩の友人である大和伽耶先輩だ。千夜先輩とは関わりの薄そうな、健康的で活発的な印象を受けるこんがりと焼けた肌からも分かる通り、陸上部に所属しているらしい。というのも、本人から聞いただけで実際に見たこともないからだ。

まあ、肌だけじゃなくて全体的に引き締まっているし、運動をしているのだろうなというのはわかる。


「エエソウヨ。ジマンノカレシナノ、カッコイイデショウ」

「こらこら千夜さん。凄く片言ですよ」

「そうだったかしら」

「ものすごくね。今度はなんの漫画の影響?」

「別にコレっていうのじゃないの。よくある言い回しだもの」

「だよね。よく聞くもんね」


というように、千夜先輩と大和先輩は仲がいいらしい。


『今日も一緒に帰ろう』というルインが千夜先輩から届いていて、僕は『了解です』というごく短い返事をした。なんだか事務連絡のようだけど、こんなものだと思う。千夜先輩もこのやり取りに関してはなにも言って来ないし。


僕はクラスメイトの追撃を特別振り切ることはなかった。1つの話題に夢中になれるほど彼らも暇ではないらしい。……というか、僕が特に気にされていないだけか? いや、そんなことないはずだ。クラスメイトとはなかなか良好な関係を築けている。そう思っているのが僕だけとかいうオチではないよね。そうだよね。


若干の不安を抱えて向かった昇降口には、やはり千夜先輩はまだ来ていなかった。まあ、予想できていることだから特に気にすることでもない。ちょっとした暇つぶしには図書室で借りた本を読めばいいし。


いつもの場所に寄りかかって数分。これでも本を読むのはそこそこ早い部類だと自負している。が、さすがに時間が短すぎて大して読み進められなかった。


「おまたせ」


という声は千夜先輩のものだ。そして最初に戻るが、本から目を離した先にいたのが、僕を視姦していたが大和先輩だったのだ。


「君、変なこと考えていない?」

「いえ、特には」

「そう?」


野生の直観なのか、随分と鋭いな大和先輩。これは、千夜先輩との関係については気を付けた方がいいな。


「とりあえず、落ち着いて話せる場所に行こうか。後輩くんには私が驕っちゃうぞ。その代わり、千夜とのこと詳しく教えてね」


もうばれているのでは?



***



来たのは駅前にあるデパートに入っているファミレスだ。先輩女子高校生2人に対して後輩男子1人というなんともアンバランスな組み合わせな気もするが、周囲がそれを知る由はない。普通に仲のいい高校生グループくらいにしか思われていないだろう。


「奢ると言ったけど、奢るのはドリンクバーだけねっ」


元々ドリンクバーしか頼むつもりがなかったし、なんなら奢ってもらうつもりはないけど、なんかセコイ感じがするな大和先輩。しかもそう言った大和先輩はドリンクバーに加えてデザート頼んでいるし。千夜先輩は千夜先輩でドリンクバーにポテトだ。


ドリンクバーから取ってきたホットコーヒーにはまだ手をつけていない。一方で千夜先輩は普通に飲んでいるようで、熱々でも大丈夫な舌らしい。


「それで、二人はどんな関係なの? ただお付き合いしてるってわけじゃなさそうじゃん」

「……」


コーヒーに手をつける。湯気に目を細めながら、ちびちびと啜る。時間を稼いで、答えは千夜先輩にお任せしよう。


「いや、君猫舌でしょ」


バレてた。なんでだよ。


「まあ、桜人くんからは言い辛いのよ。代わりに私が言うわ」

「うん、あたしも最初からそのつもり」


なら僕は必要ないのでは?


「私と桜人くんは期限付きの恋人契約を結んでいるの」

「ん? なんて?」

「だから、期限付きの恋人契約よ」

「……なにそれ」


ごもっともです。と言うことで、ことの成り行きを千夜先輩が大和先輩に説明。千夜先輩はまるで至極当然のことのように話していたが、説明を受ける大和先輩は真顔だった。何というか、事のの処理を放棄したように。でも先輩が突っ込んで来たんですよ?


「千夜がよく知りもしない一年生と付き合うって聞いたから何かおかしいなぁとは思ったけど……。なんなの君たち、ラブコメの世界に生きてるの?」

「あながち間違いじゃないわね。少女漫画を参考にしてるし、ラブコメチックな部分は多いもの」

「……はぁぁぁ」


そういう事じゃないんですよね、わかります。当事者の片割れである僕ですら同じ事を思いましたから。


「千夜がやってることがアレだから、これで後輩くんが純粋に千夜を好きでの告白なら怒ったけど、ね」


パフェのアイスを削って口に放り込んだ大和先輩がこちらを見てくる。


「聞けば後輩くんも噂の一年生だから、後輩くんもアレだしね」


噂とはもちろん僕の大量告白の件だ。


「まあ一応聞くけど、後輩くんはいいの?」

「はい。特に愛とか恋を求めているわけではないので」

「クズめ」


それはシンプルに傷つきます、大和先輩。


「ちょ、ちょっと伽耶。私の彼氏になんてこと言うの?」

「ええい、なに本当の彼女みたいな反応してるのよ!?」

「なに言ってるの? みたいじゃなくて、本当に彼女なのよ?」

「そーゆーことじゃなーいッ!」


そういうことじゃないですよね。


「そういうのは、体裁から来るんじゃなくて、好きとかそういう感情から来るものなのよ! 千夜は別に後輩くんを好きな訳じゃないでしょう!」

「そうね。でも、この関係はそういう事をして恋とか好きとかをわかりたいって思ったから始めたわけで、今のは他に誰かいないとできない事だから、ちょうどよかったのよ」

「ちょっと後輩くん、本当にコレでいいの?」

「……はい」


その後大和先輩はしばらくしてから落ち着きを取り戻した。虚無を見つめるような目で黙々とパフェを食べ進める姿はとても華の女子高生には見えなかった。


「ふう、まあいいわ。別に私の事じゃないし、リアルラブコメだと思って楽しませてもらえばいいのよ」

「大和先輩はなかなかにアレな発言ですよ?」

「だまらっしゃい」


人の色恋が楽しいのは分かるが、僕と千夜先輩のでいいのかとも思う。色も恋も期間限定の作り物だし。


「楽しむのはいいけれど、この関係のことは秘密にね、伽耶」

「言いふらすつもりなんて元々ないわよ、趣味の悪い」

「よかったわ」

「ならあたしはもう行くわね。この後行きたいところあるし」


そう言って大和先輩は出て行った。……いや、奢るっていう話はどこに? いいけど、奢ってもらうつもりはなかったからね。それよりも気になることがあるし。


「よかったんですか、話して。この関係、あまり褒められたものじゃないと思うんですけど」

「よかったのよ。伽耶にはいつかバレてたと思うもの」


まあ、今日だってほぼ直観で変だとバレてたみたいだし。千夜先輩が付き合うというのは、仲のいい人からしたら相当に変なことらしいから。


「それに、少女漫画にもラブコメにも友人キャラが必要なのよ」

「絶対にそれが本音ですよね」


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どうやら先輩は恋をしたことがないらしい。 ヒトリゴト @hirahgi4

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