4・音痴

 まあ、当然ながら昼休み後は居心地が悪かった。少しでもと昼休みギリギリに戻ったのにもかかわらず、授業中にもいくつかの視線を感じたのだ。進学校の生徒として真面目に授業を受けてくれると助かるのに、やっぱり思春期な高校生だった。人の色恋沙汰なんてものは吊るされたアンパンで、その甘さたるやを求める事は必然なのかもしれない。


 放課後、興味が猛獣のように膨れ上がった教室からいそいそと逃げた僕は、下駄箱で先輩とどうやって合流しようか迷うことはなかった。

 まあ、告白する際には古典的ながら手紙を入れさせて頂いたし、どこが先輩の下駄箱かは分かっている。ならばそれが見える場所で待っていれば先輩もそのうち来るだろう。


 しかしそう考えたのが甘かったのか、先輩はいつまで経っても来ることがない。クラスメイトが来れば隠れ、大量の生徒が来たら端に避けて目を凝らし、先輩のクラスメイトらしき人たちが靴に履き替えても、先輩の影はなかった。

 帰ってしまったのかと思い先輩の靴があるか確かめる。霞んだ扉を開けばそこには靴底が綺麗に残った先輩の靴がまだあった。


 先輩はどこだろうかと思っているた、横から声をかけられた。


「ようやく見つけたわ」

「とりあえず、連絡先交換しましょう」



 ***



 場所は移って駅前の某有名喫茶店、ではない。普通にまだ学校だ。僕が告白した場所だ。滅多に人が来ない事は先輩からもお墨付き。もちろんやましい事をする気は毛頭もない。連絡先の交換をするのだ。


「え、ルイン使ってないんですか?」

「ええ、特に必要なかったもの」


 先輩、お友達はいらっしゃらないのかな?


「失礼な事考えてないかしら?」

「いえそんな」

「友人は多くないけれど、その分仲はいいわよ。必要な連絡は電話かメールで済ませているしね」

「あ、いや、そうですか……」

「ふふ、わたしは桜人くんのカノジョだもの。考えてないることくらいわかるわ」


 そう言って先輩は微笑んだ。


「どうかしら。カノジョっぽくなかった?」

「凄くぽかったですけど、そういうのってもう少し二人の関係が長くなってからするものでは?」

「そうかしら? それは少し急ぎすぎたわね。ならこの段階ではなんて言うのが正解かしら」

「そうですね……。『あなたのこと少しはわかってこれたのかな?』とかですか?」

「つまり、相手のことを知ることが出来てきたっていう、目標の達成なのね」

「……まあ、ですかね」


 この先輩、やっぱり少しアレなところがあるよな。そう、少しアホなところとか。おかしいな。噂だと成績は学年トップクラスだったけど。


「いけない。こうやって昼休みも連絡先を交換するの忘れたのよね」

「ですね。じゃあ先輩がルインやってないみたいですので、電話番号とメールアドレスですね。……そういえば、どうやって交換するだ?」

「いえ、わたしもルイン始めるわ」

「え、いいんですか?」

「いいもなにも、別に嫌ってるわけじゃないもの。単に機会がなかっただけで」


 先輩がいるとおっしゃられていた友人さんたちもルインの方がよかったと思いますが。


「漫画のカップルも使っていたもの。それについでだけど、かわいいスタンプ? というのがあるのでしょう? ……少し使ってみたいわ」

「いや、後半の方が本音ですよね」

「いいから使い方を教えて。わたし、機械はあまり得意じゃないのよ」


 なんで教えを乞う側なのにこんなに偉そうなんだ、この人。いやまあ、若干赤くなっているし口も早くなっているから、照れ隠しで言っているなんてこと、人となりを知る時間がなかった僕にもわかる。


「まあ、その方が僕としても楽ですし、今日中にはマスターしてしまいましょう」

「よろしく頼むわ」



 ***



 夜の帳に星が煌めき満月様もこんばんはという時間になったが、先輩からのルインは届かない。……え、まさかあれだけ教えたのにもう忘れた? 


 と、不安になっていたところにルインが来た。先輩からだ。


『送れているかしら』

『はい』

『遅くなってごめんなさい』

『大丈夫です。何かわからなかったんですか?』

『いいえ。文字は打ってあったのだけれど、送信ボタンが押せていなかったの』

『そうですか。よかったです』


 本当によかった。僕の努力も無駄じゃなかったんだ。

 








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