当たり前の日々に

春風月葉

当たり前の日々に

 慣れとは一種の病だと思う。流れる時間、繰り返す日常、それはその価値に気づけないほど私たちにとって当たり前のものになっている。

 逃げ出したくなるような日々も繰り返せばいつかは慣れる。そうして当たり前を失ったとき、忘れかけた日々の有り難みに気づく。

 一か月も前にはまだ地面の味も暴力の音も新鮮に感じられていたが、今はあの焼けるような痛みも凍えるような恐怖も感じない。

 だから今の私は、こうして誰かと向かい合い、柔らかなイスに腰かけ、温かなスープを口にする時間が辛いのだ。優しすぎる時間が私の長い日常を壊してしまうことが怖い。

 ただ、今はこの時間に身を預けよう。きっとまた、明日にはあの日々が戻ってくる。

 最初はこの時間を思い出してしまうかもしれない。それがわかっていても、この時間に残るこの幸せが当たり前になって色褪せてしまわないように、明日の不幸を甘受しようと思う。

 温かなベッドの中で私は明日が来ないことを願い眠った。

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当たり前の日々に 春風月葉 @HarukazeTsukiha

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