第15話 昇格?
マニュアル作成から数日後、中途に呼ばれて、社長室にいた。
とても緊張する。
社長を目の前にするのは、入社式以来だ。それもあの頃はもっと距離があり、こちら側には大勢の新入社員がいた。今回は社長の目の前に自分、社長の斜め後ろに中途がいる。
なんなんだ一体。
「さて、なぜここに連れてこられたのかは分かっているかい?」
社長が喋り始めた。マイクを通していない生声。
「いえ、何もお伺いしておりません。」
クビか?わざわざここに呼ばれるとしたらそれくらいしか思いつかない。
「あれ?話してないの?」
と中途の方を見る。
「はい。社長直々にお伝えした方が良いかと思いまして。」
なんだその深みのある言い方。
「実は、君に頼みたいことがあってね。」
「頼み事、でしょうか?」
「そう。頼み事。ボディガードをね、お願いしたいんですよ。」
ん?話が変だ。
「ボディガードですか?」
「そう。ああでも命を守ってほしいとかそういうのじゃなくて、秘書みたいなものというか、スパイ、でもないがどちらかというとそっちに近いかもしれない。」
「どういうことでしょう?」
「具体的には、今君がいるフロアの人たちの動向というか、どんな人がいて、どんな仕事をしているのか見て欲しいんです。そしてそれを私たちに伝えて欲しい。会社にとって一番怖いのは内部から崩壊すること。だからそれを食い止められるように、定期的に各フロアごとに一人任命してるんです。」
「スパイ、ということは他の人には気づかれない方が良いのでしょうか?」
すると中途が答える。
「まぁ、バレても良いですけど、バレた後の行動がしづらくなるかもしれないですねぇ。変に媚びを売る人もいるでしょうし、あなたに隠れて何かするかもしれないですし。まぁ、極力バレない方がやりやすいって事です。」
なるほど・・・。なんとなく自分がやるべきことがなんとなくわかった。しかし・・・。
「これほど重要な仕事、任せていただけてとても嬉しく思うのですが、あいにく自分は同じフロアの人とはあまり仲良くないですし、話す相手もほとんどいません。なので思うような情報が入ってくるかどうかわかりません。」
すると社長が口を開く
「大丈夫。君の交友関係については把握してますし、君の目線でのフロアの雰囲気を知りたいので。」
把握されていたのか。何ともいえない感情を抱く。
「・・・わかりました。やってみます。」
やってみるだけやってみよう。
「ありがとうございます。それでは詳細は後ほどお伝えします。」
社長室を後にすると、中途が声をかけてきた。
「これからよろしくお願いします」
「あなたもこう言った仕事をされてるんですか?」
「まぁ、そうですね。どちらかというと各フロアの代表者をまとめるような位置にいますが。」
「なぜ、自分なんでしょうか?」
他にも優秀な人材はいたはずだ。
「あぁ、それはあなたが提出してくださったマニュアルと、私が頼み込んでみました。」
「あ、あのマニュアル・・・?頼み込んだってどういう事ですか?」
「あなたはまだまだ若い。なのに自分の可能性の目を自分で潰しているように見えた。まぁ、周りも潰す原因になっていましたが。とにかくまずは、あなた自身が自分に自信を持たないと、どうも乗り切れそうにないと判断しました。自信のなさがあなたを生きにくくしているように見えた。だから仕事で自信をつけてもらって、自分の可能性を広げて欲しかった。最初はそんなもんです。しかし、貴方が自分から仕事をお願いしてきた。マニュアル作成ですね。だからこれを機にもっと上まで行くのも良いのかもと思って頼んでみただけです。」
「そうだったんですね。ですが、なぜそこまでしてくださるんですか?」
「んー。なんとなく目が離せなくなりまして。」
「え?」
「あ、そろそろ仕事に戻りますね。先ほどの詳しい内容メールするので確認しといてくださいね。」
と去っていった。
なんなんだろう。
持ち場に戻り、メールボックスを確認するとURL付きのメールが送られてきた。
文章には、"情報共有はこちらの掲示板でお願いします。その日に感じたこと思ったこと、自由に書き込んでください。仕事終わりに総括して送ってくださっても良いですし、逐一報告くださっても大丈夫です。"
と書かれていた。
中を開いてみると、社長と中途、それに各フロアの代表であろう人たちが既に書き込みをしていた。
すぐ書き込まなければとも思ったが、思い直す。自身のスマホで見ていたが、どこで誰が見ているかわからない。お手洗いに行く時にでも書き込もう。
区切りの良いところでお手洗いに立つ。
スマホを取り出し書きこむ。
"はじめまして。よろしくお願いします。"
投稿ボタンを押すと、既に何件か書き込みがされていた。
"最近のフロアを見ていると、分け隔てなく仲が良いのは良いのですが、どうも活気が少ないように感じます。売り上げが良いからと少しあぐらをかいているように見えます。しっかり自分が尻叩いて活気をつけられるように働きかけてみます。"
"こちらのフロアはお互いの競争心が激しく、少し派閥ができているようなので、お互いの意見を聞いてみようと思います。"
みんな意識が高い。
何か書き込もうと思ったが、自分のことで精一杯だったのであまり周りの雰囲気がどうなのか気にしたことがなかった。自分に向けられていた視線は分かったが。
何も思いつくことがない。みんな意識が高い。ほんとに自分なんかが任されていい仕事だったのだろうか・・・。
書きこむことは出来なかった。
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