第6話 買い出し
外は明るく、太陽が道を照らしていた。多少雲はあるが晴天だ。風邪も心地よい。洗濯物がよく乾きそうだ。
駅まで歩いていると、途中であの公園を通った。何気なく目線で昨日座ったベンチの辺りに目をやる。
至ってなんの変哲もないベンチだ。
「どうかしましたか?」
「桜がだいぶ散ってしまったなぁと思いまして。」
ベンチの方を見ていたことをなんとなく隠してしまった。
「それでも今年は長く続いている方なんですよ。」
「そうなんですね。」
確かに5年前も長めに咲いていたような気もする。うろ覚えだが。
電車に乗り、30分くらいで街に出た。電車の中は人で溢れかえっている。かなりの違和感を覚える。なんとなく、人となるべく接しないようなところを探す。自分が菌を持ってないとは限らないからだ。念のためマスクもして、どこにも触れないように気をつけた。
建物は大きく変わっていないようだ。
早速ショッピングモールに向かう。
下着と、洋服、Tシャツを数枚購入した。ここ最近は天気も安定しているようで、昨日の夜ニュースで見た1週間の天気予報は夜雨が降る日もあるようだが、気温は安定しているようだったので、少しはあるものがあれば良いだろう。
Tシャツはインナーにも使えるし寝巻きにも使える。いくらがあっても困らないだろう。
そして念のためマスクとアルコールも買っておいた。
支払いは現金で行った。2020年ではキャッシュレス決済が浸透していたが、なかなか慣れずいまだに現金を持ち歩いていた。
キャッシュカードも持っているが、時空を超えている場合、この時代で使えるのだろうか。無論、スマホ決済系のものは全く普及していないようだった。
念のため、手持ちのものでやりくりしよう。
頭の中で軽く暗算し、金額を確認する。
一通り揃えレジに並ぶ。レジでも気持ち前の人と離れるようにした。後ろの人からは少し嫌な顔をされてしまったが。
商品を渡し、合計金額を見る。
(あれ?思ったより安い。)
少し躊躇したが、金額を払う。
近くにいた家主がそれに気づいたようで、
「どうかしましたか?」
と声をかけてくる。
なんでもないと伝えお釣りを受け取る。
レシートを受け取り確認すると、謎が解けた。
(そうか。5年前は5%だった。)
10000円のものを買ったとして消費税を入れると5年後は11000円だが、ここでは10500円だ。
ちょっと得した気分になった。
スマホを見ると12時を回っていた。
そろそろお昼にしようかと、モール内にあるフードコートで昼食を取ることにした。土日の昼時だからだろう。どの店も人が並んでいた。
それぞれ好みのものを購入し、音が鳴る機械を持って席につく。
近くに給水機があったので2人分コップに水を汲んで持っていく。5年後はこういったものも廃止されているんだったなぁ。1日前の日常がすでに懐かしく思えてしまう。
席に戻ると家主の方が先に出来上がったようで音が鳴っていた。
少しして自分のも鳴ったので取りに行く。
先に取りにいっていた家主が席につき待っていてくれた。うどんと天ぷらのセットを頼んだようだ。
「ここの野菜のかき揚げはボリュームがあって美味しいんですよ。」
といって嬉しそうにうどんに浸す。柔らかめが好みのようだ。
「そちらはサバの味噌煮ですね。美味しそう。」
大好物であったらつい頼んでしまう。
塩鯖も好きなのだが、この味噌の味がたまらない。サバを食べ、ご飯を頬張り、味噌汁で流す。味噌、米、味噌、時々漬物。なんとここには納豆が別で購入できたため、納豆も入れてしまった。ご飯に納豆をかけ、掻き込みながら味噌汁で口内の納豆の旨味と味噌汁の出汁、味噌が混ざる。
最高だ。
そんな様子を家主が見ており、幸せそうですねと呟いた。
こんな状況に置かれて、どうなることかと不安だったが、どうにかやっていけるようだ。人間の適応力はすごいと思う。
食事を終え、食料品を購入するためスーパーに向かう。ここもなかなかの人だ。家主からメモを渡され、手分けして食料品を買うことにした。家主は入り口から遠いところから回るとのことで、生鮮食品系を任された。調味料や油など、こだわりがあったりするので、そう提案してもらえてありがたかった。生鮮食品はそこまで種類も多くはないので選びやすい。大体1週間分くらい購入するとのことなので、2人が食べる量を想像しながら買っていく。野菜コーナーは楽しい。置かれている食材で季節の変化を感じることができるからだ。旬のものとして竹の子や菜の花、こごみなど、春の食材が出てきているようだ。そして旬なものを食べるということは体にもいい。らしい。例えば夏の野菜、トマト、きゅうり、ナスなどは体を冷やす効果がある。妊婦がナスを食べてはいけないと言われているのはここから来ていると聞いたことがある。
春の食材はどちらかというと苦味が強い。
この苦味がまた良い。目が覚めるような味だ。それでいて嫌な苦さではなく、体が求めていたような苦さだ。なんとなく沁みる。
春野菜の天ぷらもいいなぁ。
そんなことを考えながらメモに書いてある食材をカゴに入れていく。
家主はよくここには来ているようで手際良く買い物を済ませたのかこちらに来てくれた。
「買うものわかりましたか?」
「はい。すみません。春の食材を見ていたらなんだか楽しくなってしまって。」
「あー。わかります。天ぷらとかにすると美味しいですよね。」
やはり考えることは皆同じなのか。
「あ、今日天ぷらにしませんか?」
「でも先ほどお昼に天ぷら食べてませんでしたか?」
「あれはかき揚げです。天ぷらとはまた違うので大丈夫です!」
そうなのか。本人ががそういうなら良いのだろう。
竹の子と菜の花、こごみ、新玉ねぎ、たらの芽の5つに決まった。
「そうだ!お酒も買いましょう!お酒飲めますか?」
「飲めますよ。」
「んーということは結構飲める口ですね?せっかくなので日本酒にしましょうか?お好きですか?」
「はい。好きです。」
「そうですか。それなら大きいのを買いましょう!私もそこそこ飲むので。」
二人で酒を選び、レジに向かう。
お世話になっている以上、半分は支払うと申し出たのだが、先が分からないので取っておくように言われた。
その言い方に少し違和感を覚えた。が、正直現金以外の支払い方法が現状できないのでありがたく支払ってもらうことにした。
その代わり今日の夕飯は任せてほしいと伝えた。快諾してくれた。
買い物を終え、家路に着く。
早速調理を始める。
その間に家主は掃除や洗濯物を片付けている。
下処理を終え、天ぷら粉に食材を付け揚げていく。
香ばしい匂いがしたのか、家主が「美味しそう・・・」と呟いていた。
全て揚げ終わる頃に片付けもひと段落ついたようで食事の配膳を手伝ってくれた。
机に持って行き、昼に買った酒も出し、晩酌会が始まった。
竹の子を塩で食べる。
んー。春だなぁ。
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