(六)道が消える

「まさかです。別の庄屋さまがいいました。納屋には銭の袋も三つある。これと、こたびのおひねりを合わせれば、路銀として余りあろうの」

 つまりはと才蔵も空を仰ぐ。

「山の民とやらを焼き払え。そののちはどこへなりとゆけか」

「息を呑むしかありません。まてと、爺さまはいいました。そうはいうものの気づかれて、病のものに逃げられてはどうする。そこで庄屋さまがわたしに向きました。痣の兄妹を知っておろう、あれがはやり病なのじゃ。まったく孫にも困ったものぞ。近づくなと、いうたのに、おかげでまだ水で清めておるとぶつぶつ。

 これがあの昼間なわけです。そして庄屋さまは、ほれ、どの小屋に兄妹がおるか、のぞいてゆけ。もし怪しまれても、小僧なら山菜取りで迷うたと泣けばすむといったのです」

「なにか、端から、はめられてたな」

「それはあとで、おやじと爺さまがこぼしてました。こんな山里で、こうもおひねりが出るのはおかしいとみたら、こんな業をやるはめに」

 そもそもと才蔵はいう。

「里のもんは、やらないのか」

「祟るという。わたしたちは、他所へゆくゆえに逃れられようと」

「なら、銭もってどろんすればいい」

「爺さまもいいました。しかしおやじはそう甘くないという。おそらく見張られてる。逃げようものなら、ただではすむまい」

 才蔵が口を尖らせた。

「これって、ほんとに病なのか。民が面倒なだけじゃないのか」

「はい。しかし、おやじはいったのです。わしの村もおそらくあれで滅んだ。わしはなすすべがなかった。それで、わしは病を前にろくでなしとなったと。

 おやじは立ち上がった。その足で納屋へと向かいました。

 その夜はやけに明るい月が出てた。

 爺さまもゆく。もはや、やらねば一座が危うくなる。ただ、わたしには宿へ戻れという。これは、わしらでたくさん。それより、こんな里から一座と早く逃げよといわれました」

 まるで才蔵がいわれたようにうなずいた。

「でも、わたしはあとを追った。なんとか止められないか、銭なら返せばいい。月明かりに荷車の跡と、油のくさいのを頼りに、その山の小さな村を見つけたのです」

 春竹の息が荒くなる。

「そこで、段々畑の上の大ぶりな小屋で、おやじと爺さまが薪を燃やしてました。ここなら童もいるとみたのでしょう。

 わたしは畑を登りました。でも、途中でぬかるみに足を取られた。やむなく、そこにある傾いた小屋に手をつき、はずみでのぞいたのです。

 すると、なんと、あの二人が寝ていた。とたん、腰が抜けました。

 そこでおやじと目が合ったのです。

 それで充分でした。すぐにおやじは荷車で下りてくるや、壺をその小屋にぶちまけ、火のついた薪を投げたのです」

 ほろり、ほろりと涙があふれた。

「とたん、炎は燃え広がった。さらに、火の粉が飛び、次々と粗末な小屋を燃やしてゆく。もはや、林まで燃えて、山焼きとなった。

 怖かった、怖くて、わたしは逃げた。どこをどう逃げたか、夜の山をひたすら走った。

 そのうち、心がいうのです。

 おまえが知らせた、そう、おまえがやった。あの笑みの可愛い兄妹を殺めた。さらに、山のひとたちも。

 もし、これが、ただのもめごとなら、もし、はやり病でなかったら・・

 汗で、ぐっしょりになりました。

 そして、はっとなると山小屋でうずくまってた。と、そこに空の桶があったのです。もう、水を求めて飛び出しました。火を消させて、叫びながら山の中を迷いました。ふいに、どこか滝の音がする。それで林を進むうちに、崖となって、足をすべらせた」

 春竹は息をついた。

「気がつくと見知らぬ小寺。ぼろぼろのわたしを尼さまが介抱してくれました。ただ、心は五体よりもずたずたでした。しばらくして、ふと首をくくろうとしました。

 尼さまが見てた。

 おまえさま、せめて仏の前で胸の内を語らぬか。急ぐこともあるまいという。これで、わたしは、洗いざらいしやべりました。

 尼さまは、そののち、お子が迷ってはかわいそう、祈りませぬかと。

 こうして、わたしは仏門に入った。

 そして、尼さまのつてもあって、応宝寺へときたのです。

 時が流れました。

 あれから、一座も、あの里も、どうなったやら。そういえば、あの山里は、とても美しい竹林の里でありました」

 もしや、春竹はそこからかと才蔵はうなずいた。

「とはいえいまだ、わたしは竹林を迷っているのやも。ゆえに二人に会った」

 才蔵は芋をたいらげてる。

「いや、そら似さ。だいたい、やったというけど、やらせたやつが、罪なのだろ」

「それは」

「消そうとした。やってやれなかった。やれたのに、やらなかったのとは違う」

「もちろんですが」

 春竹は、はっとなる。

 才蔵の口ぶりに、なにか苦味があった。

 ばさばさと、やおら草を踏む音が響く。弓月がぬうと顔を出した。

「おう、春竹。あの林には娘と豊春がおるか。すぐにみなを連れて参れ。そこの一本松で大瓦房が呼んでおる」

「なにか」

「道が消えおった」

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