(五)道が消える

「わたしは、かつて旅芸一座にいました。といっても拾われたそうで、これもなにかの縁と座頭がおやじとなりました。あたかも熊のようなおやじは、けれど気のいいひとで、読み書きのうえに、医の術まで仕込んでくれたものです。

 これでも、村医者の倅であったと笑ってました。なのに、一座のものが熱を出すとわたしにやらせ、手に余ると銭を払って医者を呼ぶのです。そして、あとはひとり酒を呑み、ぐでんぐでんになっていました。

 さて、そのわたしが芸のひとつも出来るようになったころです。

 その年は、合戦もあって祭りがなく、いよいよ一座も困ったというときに、ある山里で大きな祭りがあったのです。

 ともあれ、頼んでみると庄屋さまはふたつ返事。さらに、めでたいからと場代を取らないばかりか、御祝儀を振舞ってくれたのです。

 一座はそれこそ熱を入れました。曲芸や綱渡りに包丁投げ、そして田楽踊り。里のものはたいそう喜んでくれました。

 わたしもやりました。武者姿のおやじに木の箱に入れられ、それをおやじが太刀でぐさぐさと刺す。みながあっとなったとこで木の箱から、けろりと出る。それはやんや、やんやでしたね。あれほどのおひねりは見たことがありません。けれど、おやじと古株の爺さまは渋い顔でした。

 祭りは三日三晩そして、他の里のものもくるとかで、あと二日も芸をすることになったのです。そう、それは二日目くらいからですか」

 ふいに、春竹は雲が広がる空を仰いだ。

「いつも竹の林からのぞいているのです。日焼けした兄妹で、眼がきらきらして笑う顔がとても可愛い。なぜかそこから出ません。両手でこんな干した芋ですかね、ちまちま食べていました。そしていつの間にか居なくなるのです。

 どこの子やら。ちらり里のものにたずねても知らぬという。それで、どうということもなく、祭りも四日目となりました。

 その日はわたしが武者役です。おやじが大げさにおびえて笑いを誘い、箱に入りました。さあ、太刀をぶすりとなったとき、竹の林から泣き声があったのです。はっとみると里の童が、その兄妹を囲み棒で叩いていたのです。

 わたしは、あっと叫びました。ちらりと向いた童はそれでもやめません。いけないと、足を向けたとたん、あの、にこやかな笑みはどこへやら、里のものたちは急ぎ、童を引っ掴んでいきました。兄妹には目もくれません。

 なにがなにやらと、わたしはつっ立ったままでした。

 気がつくと、またも兄弟はいません。ああ、あんなに首元に痣ができてというと、おやじは冷えたものいいで、あれは叩かれたものではないといったのです。

 それで、その夜です。庄屋さまの屋敷におやじと古株の爺さまに、なぜかわたしが呼ばれました。奥に通されるとそこに、他の里の庄屋さまも居ました。実は、となりました。ここから恐ろしい話がはじまったのです」

 春竹はしばし目を閉じた。

「ある、はやり病があるというのです。わしらではすべはない、ゆえに助けてもらえぬかということでした。もちろんおやじは、こちらは手に負えぬと断るも、そうではないと首を振る。

 他の里の庄屋さまがいうには、この里からしばらく山へ登った処に山の民がおる。狩が生業でいつごろかこの山に住み着いた。そして、その民に近頃、はやり病の兆しがあるという。

 わしらはなんとか追い出そうとした、しかしどこもいく処がないと開き直られた。はや、二つ月となる。あれが里に広がれば、山の民ともども、この辺りは死人の里となるといったのです。おやじはそのとき震えてました。

 爺さまが焦れました。わしらにどうせいというのか。すると、やや間があって庄屋さまが、こういいました。

 うちの蔵の端に納屋がある。そこに、野焼きのための油が入った壺と、薪の束を積んだ荷車が置いてある。納屋に鍵はかけておらぬ」

 才蔵が咽た。

「それ、まさか」

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