(四)道が消える

 道は浜に降りて、すぐに東への小道を上がり草原を抜ければよい。こんもりとしたお椀の山がぽつりとあった。その道のりは、どれほどもないのに、蒸し暑さがひんやりになっている。

 風がない。

 さらに虫一匹の音もない。

 白い霧がおぼろげにかかり、草を踏む音だけがした。

「これ、あの世か」

「やめて、才蔵」

 へらへら才蔵が笑う。

「はじめは、さほどでもなかった」

 豊春が小首をひねった。

「はや、五日目。くるたびに霧やらがひどくなる」

 いやあっ、といきなり鈴々が悲鳴を上げた。

「そ、そこ」

 草むらからぬっと手が伸びてる。骸が転がっていた。

 才蔵がのぞき込む。

「前のぶちりか。えらくきれいな仏さま。これはゆき倒れかい」

「ここは、なぜかこういう仏ばかり。他は、やれ首がないの、腹を喰われておるのですが」

「みょうなの」

 ざわっと草がゆれる音。

 向こうの茂みに薙刀を手にした坊主たちがいた。

「あれは弓月さまでしょう。どうやら、ぶちりはおらぬようなので右お椀山からどんぶり山への道を捜しています」

 鈴々がおやっとなる。

「奥の院の方は」

 豊春がしょっぱくなった。

「あれはだめ、あの淡宝たんぽうとかいうの。べそかいて道が見つからぬとかぬかす。なんのためにおるのやら」

「あらま」

 目をぱちくりの鈴々。才蔵はぽつり。

「見つからぬ道に、ゆき倒れの骸」

 ふと、春竹が指さした。

「あの林です」

「いっぱいあるのですか」

 鈴々はうれしそう。その吐く息まで白い。ぼんやりとした空に、白いものまでちらつきそうであった。

 とっとと走ってゆくのを、まってと、豊春が慌てて追いかけた。

 そのあとを、ゆるゆると春竹と才蔵が歩いてく。ほどなく鈴々と豊春が林に入った。そこで、ふと春竹の足が止まった。

「ど、どうもいけない」

 目をぬぐう。

「なに、小さな虫か」

 才蔵が伸びをして、のぞく。

「こらえていたのですが、いけません」

 春竹の瞳から涙がほろほろ。

「春竹房」

「似てなさる。あなたたち二人は、まるであの兄妹みたいな」

 春竹の痛みがじわりと伝わった。

 才蔵は、ひょいと道端の大ぶりな石に腰を降ろした。

「草採りはあっち。こっちは道草」

 懐から干し芋を二つ、一つをはいと出す。

「くうって、小腹が空いたから、つきあっておくれな」

 それに、春竹は照れたように笑い、干し芋を手にすると並んで座った。

「あのね、喰って、くちゃべればすっきりするって、どこやらの姉さまが。もっとも、その姉さまは喰うより、呑んじまうから、すっきりの前にからまれる」

 へらっと笑い、才蔵はもう喰っている。

 それを、春竹はなにか、懐かしそうに見ていた。そしてひとつうなずく。

「はじめ、船蔵で鈴々さんには、まさかとなりました。次いで才蔵さんには、もはやこれは仏が私に問うておるではと、おののきました」

「たいそうな」

 春竹は黙する。

 霧がかすむ風景。空はどんよりと薄暗い。ほんとうに時が凍ったかのよう。

 心が乱れ、その波が鎮まるのにしばし間があった。

 やっと語りがあった。

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