(三)道が消える
南阿弥陀、南阿弥陀。
左の御堂からは、ずっと念仏の合唱。本堂では、さあ、丁半はったはった。そして右の御堂では、なぜかひとがぞろぞろ並んでいた。
「おう、こちらは腹痛の薬じゃ」
「おいおい、狐目小僧。かぶれが先ぞ」
才蔵が声を荒げた。
「なにが先かい。先は銭やろ。うちはつけはない」
御堂の中では鈴々が駕籠から、せっせと薬草を選んでる。才蔵がぱんぱんと、手を叩く。
「とにかく、銭のあるおひとから」
「がめつい小僧め」
「こやつら、そのうち船着場で屋台を始めおるぞ」
頭を掻く面々。
ことの始まりは、鈴々の軽い親切からだった。
たまたま百足にやられた小者の腫れを取ったことから、ものどもが寄ってくるようになった。これが評判で浜の屋台のものまでやってくる。ところが薬の材にも限りがあるうえ出来れば、応宝寺のものにこそ取っておきたい。
ここで才蔵の出番、これを商いにした。
銭を取ることで、それを代金として船頭に頼めば船で材が入る。ついでに坊主たちの米や味噌も仕入れたから、わるい顔はなかった。図に乗った才蔵は鈴々に病の診たてをやらせ、さらに商いをとたくらむ。
「鈴屋の出店でござい」へらへら笑っていた。
やや呆れながらも、みなの衆が喜んでいるため鈴々は続けてる。
さて、御堂の診たてもひと息つくと、ぷいと才蔵は薬を三つ、四つと届けに出てった。それが直に戻ってくる。
ちらっと鈴々がいう。
「どう、区切りはついた。ぼちぼち洗いものに、掃除もしなきゃ」
「なんとか。ただ最後がうるさい」
才蔵が小粒金をぽろりと出す。
「痒みの薬ねえかって。ひとつじゃ足りないってね。ほれ、太い蝦蟇っていうやつ」
「あら、まずい」
鈴々はいくつか薬草と小瓶を並べた。
ほうと才蔵。
「紫草に、
鈴々が驚く。
「わっ。あんたわかるの」
「二つの草と油を鍋に入れて煮て、草が枯れて浮いてきたところで、それを取って一度油を濾してから、蜜蝋を入れて固めるの」
「あたり。ものの本には
「かぶれ、痒みの軟膏だな」
「なんで知ってるの」
「それも乱破の芸のうち。なんでも、ねたは仕入れとかないと。助けなんて、あてに出来ないもの」
「ひとりでやってきたの」
ふうんと鈴々。
才蔵の、おおよそ勝手気ままが、なんとなくわかった。
「ちなみに、このねたは、おたんこなすからだ」
「ねえ、ときおり出るその、おたんこなす。そんな名の乱破っているの」
「あははっ。そいつは猿飛っていうの。おいらの顔を見るたびに、あれやこれやいうからおたんなす。やつはおいらを狐葉っていうけど」
「こっぱあ・・」
「狐の葉っぱ。ほれ、狐が化けるときにおつむにのっける」
「ああ、それ」
うまい、その悪戯めいたところと、木端をかけてる。ぷっと吹き出したくなるのを鈴々はこらえた。
「いまごろは、薬湯でもこさえて生姜湯売りか、甘茶売り、太眉をくりくりさせて」
ちらっと鈴々は、なにやら過ぎった。
「おいらはどっちかというと、火の薬かね。どかんと火花や煙幕がたまんないっ」
才蔵の目がとろり。
「花火なんか大好きそう。でも才蔵なら毒でしょ」
むっと才蔵、鈴々はぷいと他所をむく。
「毒か。それなら、ひでりだ」
あらと鈴々。
「前に耳にした。なに、それは、ひとなの」
ふっと才蔵は冷めた笑い。
「怖いやつさ」
「誰なの」
「ほれ、白塗りのおじゃるさま」
「あっ、あの、ぶちりの仕切り役。えっ、知ってるの」
「おだぶつの秀麿という。乱破の鼻摘まみ。前に河内の砦かな、ちゃんちゃんばらばら」
「ふうん乱破なの、嫌われてるの」
「銭でころころ転ぶからな。ちなみに、ひでりは名からじゃない」
「どこから」
「ちと震えるね」
「えっ」
才蔵は薬草から鳥兜を摘まむ。
「毒なのさ。秘伝だろうな、やつの毒に合う毒消しはみっからない。くらったら終わり。紫の斑点があらわれて悶え死ぬ」
鈴々の目が大きくなる。
「逃れるにはたったひとつ。すぐに洗い流す。だからやつに出会うとやたら水を使う。やがて干上がってお陀仏。ゆえにひでり」
白瓜の、お歯黒が浮かぶ。
鈴々はぷるっときた。
「ほんと震える」
ぎいっ、扉が開いた。ひゃっと鈴々は才蔵にしがみつく。
と、あらあらと笑いがあった。
「これは仲の良い」
春竹が豊春と立ってる。
「ち、違うの、違うの」
慌てて鈴々は手を振る、振る。
「はいはい」
「なんと、めんこい夫婦」
才蔵が口を尖らした。
「それより、なにさ。今日はもうあがりかい」
春竹は苦笑い。
「いや、右山で薬草らしきものが茂る処がありました。これはぜひ漢方にと大瓦房に許しをへて二人を呼びにきたのです」
「なあに、ぶちりが出たら、おらがぶっ飛ばす」
才蔵と鈴々は見合ったのち、こくりと鈴々はうなずいた。
「その、春竹さまは薬草を知るのですね」
えっと春竹。
「医の術を心得ているとか」
「さては、豊春」
珍しく、春竹がこんと豊春のおつむを小突く。
「まあ」
「生兵法というものです。ささ、ゆきましょうか」
二人に連れられ、才蔵と鈴々は右のお椀山へ向かった。
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