(二)道が消える

 かっと日差しが照る。

 じっとしても汗がだらだら流れた。

 その日は、えらく蒸し暑い。こりゃあ、ぶちりなどやれぬ、そうわめいてごろつきどもは船着場の屋台へと押し寄せた。

 ひ、冷酒じゃ、のどが渇く・・

 わしも、わしも、わしもじゃ・・

「へ、へい」

 酒屋の蛸おやじはゆでられたように、湯気をあげて大わらわ。

「おい冷麦はないか。ひゃっこいやつ」

「蕎麦屋へゆけ」

「冷えた瓜はっ」

「つまみしかないわ」

 酒屋の屋台はぎゅうぎゅうにひしめき合い、だみ声が飛び交う。暑さが倍になりそうであった。その屋台から、軒をへだてて数件隣にこじんまりとした屋台がひとつ。

 甘茶屋と幟があった。

「兄やん。幟はこんなものか」

 眉のぶっとい、四角いつらがうむとうなずく。

「ほんなら、あとは水くみ。井戸は寺にあるやろ」

 真丸頭の子坊主顔がみるみる渋くなる。

「寺いくの。なんか」

「あははっ、このお天道さまで何が出るんや。はよいき」

 子坊主はむくれながらも桶を持った。

「太眉の兄いは真面目でいいけど、こき使われる。細目の兄いはゆるくていいけど、からかわれる。ちょうどいい兄いっておらんのかな」

「小助、なんかいうたか」

「なんも」

 たったと山へ登っていく。

 入れ替わって他の屋台のものたちが入ってきた。

「ようきたの。甘茶屋」

「やあ、団子屋はん。それに蕎麦屋の爺さま。汁粉屋のおかみさん」

 でこのおやじに、白ひげの爺さま、そしてほお紅がやけに紅いおかみが揃ってにっこり。

「いやね、あっちは暑さで悶えそうになるから、凉み」

 甘茶屋の兄いも笑う。

「やや冷えはぬるいがどうぞ。店開きの祝いや」

「ほっほっほ。すまぬな」

 そのまま三人は卓を囲む。甘茶を四つ。兄いも腰を降ろした。

「おお、まずまずひゃっこい」

 でこおやじは舌を打つ。

「これに、団子もあればの」

 爺さまはおやじをつつく。

「いや、辛いせんべいさ」

 くいとおかみは呑み干す。

 すかさず兄いがお代わりを入れた。

「ちなみにお山は、どないで」

 爺さまがふんと笑う。

「どないもこないも。前のぶちりのおりも、やれ神隠しじゃ、死人が出てたと騒いでおったのに、いつのまにやら終わっておる。さっぱり掴めぬ。こたびも、それゆけと山へ登るも死人しか見つからぬ。それでとぼとぼと戻る。まいど、こんなものか」

「ですな。ただ、ひとつ違うのはぶちりは、ひとらしいことか」

 おかみがほお杖をつく。

「まる四日になる。ごろつきどもはどんぶり山の後ろから、正面のお椀山からは町衆と百姓衆、右のお椀山へは薙刀坊主がぶちりかね」

 とたん、笑い出した。

「まっとうなのは薙刀の坊主だけ。赤牛とやらのところは死人や骨ばかりの山に、うんざりしたのか博打三昧。おつむが蟹のところも昼間は勇ましゅうても、夕暮れにはすたこらさっさと戻ってくる。あとのごろつきは、いまや酒屋で呑んだくれ。

 けれど、もっとも呆れるのが町衆と百姓衆。こいつらときたら、御堂に籠ったきり。なんでも、坊さまと念仏にて、戦っておるとぬかすのさ」

 兄いは笑うしかない。

「まあ、つまりは、このざまじゃから、ぶちりを狩るのが、逆に狩られるのやもしれぬ。そして、知らぬ間に御開きよ」

 爺さまがおどける。

「おほほっ。まったく、なにがなにやら」

「でも、そんなふぬけでええのか。尻を叩かれるやろ」

 でこおやじは腕を組む。

「あの、おじゃるの白瓜はへらへらしておるだけとな」

「ふうむ」

 懐から扇子を出し爺さまは仰ぐ。

「まあよい、わしらは夏枯れのこのときに、せいぜい商いよ」

 でこおやじが嫌な笑いをした。

「もっとも、怖ろしきことになったら、すぐ、とんずら」

 兄いは苦笑い。

「そんな形ばっかでなにがある。ひょっとして、ぶちりとやらもどこぞで骨とちゃうか。ほんまは、終わってへんか」

「かも、しれないね」

 おかみは笑う。

「でも」

 でこおやじは指さす。

「右のお椀山じゃが、このところやけに霧が出おる。冷やりとなって風がぴたりと止む。まるで亡者の国じゃと、山菜を採りにいった漬物屋が震えておった。あれは、なんぞある」

「ほお」

 爺さまはにんまり。

「前のお椀山では、遊び女がごろつきどもと遊んだあと、つい地蔵の祠で寝入った。日が暮れて戻ろうとしたら、藪の中からおいで、おいでとな。女は魂消た。その声は前のぶちりで遊んだもの。こたび、首をねじられた骸で見つかった。女どもは闇から、死人が招いたと震えておるの」

 さらにと、おかみがいう。

「これは、前からひそひそ。なにやら、あの奥の院の坊主がみょうとな。あのものども、寺でぶちれるよう祈っておるというが、それが、夜中にこそりと山を降りては、倒れているもの、深手のものを、寺へと運ぶ。手当かとみるや、そのものはそれっきり、姿が消えるとな」

「ほんまか」

「なんにせよ、気を抜いてはならぬ。それが墨島の、厄祓い。さしずめそうなると」

 爺さまがいうのに、ふむと、でこおやじ。

「まいど、山へ登る薙刀の坊主どもあたり、そろそろ」

 おかみの声音が低くなる。

「ぶちりが出るやも」

「ほんまかいな」

 ことっと、兄いが置いた湯呑から茶がこぼれた。

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