(四)墨島

 湊には先の船よりおよそ古びたものがあった。

 やたらお札がぺたぺたと張られてある。棺桶かと、笑うものどもがいた。

 ぼうと法螺貝が吹かれる。

 帆が上がり船はゆるりと湊を離れてゆく。空はよく晴れ波も穏やか。そのせいかみるみる進む。

 いや、なんぞに引かれておる。ちらっとささやかれた。

 その、墨島へと近づいた。

 おおよそ島といえば、緑に包まれ若々しい。ところが、なぜかここは木々も葉も焼けたように焦げた色合い。むき出た岩でさえ黒ずんでいた。

 ざわざわと木々が騒ぐ。ときおり聞き慣れぬ鳴き声がした。

 岩場に石灯篭がみえる。

 それを目印に船はするすると船着場へと入った。

 ここでおおっと声。

 甲板にいるものどもは目をぱちくり。

 なんと、船着場には幟が立ち並び、笑顔のものが手を振っていた。

 ずらりと屋台が連なる。

 飯屋に、汁屋に、酒屋。さらに、蕎麦屋に、うどん屋、おまけに団子屋まである。奥まったところには、けばい化粧の女たちの小屋が二つ三つとあった。

「ひゃはは。あやつらも、つわものよの。銭とあれば、ぶちりもなんのその」

 ゆかいと、秀麿は扇子をあおぐ。

「甘茶の兄いのいう通り。はて、もう渡ってるかな」

 鈴々は、その屋台はないかと目を凝らした。

 ものどもが、船を降りると、わっと群がってくる。

 ささ、にぎり飯はどうか。蕎麦がゆであがっておる。いや、団子が焼けた。酒じゃ酒じゃろうが。客引きがめったやたら。

「ひとまずは、寺である。布令ておろうが」

 宝明寺の坊主が声を荒げた。

 それでも、客引きを止めぬものたちをかきわけて、秀麿を先頭にものどもは、浜を上がって山へと登ってゆく。

 直に道が分かれて、右に進むと古びた石畳となった。その先には山門。もう、寺の大屋根が木々の間からのぞいた。

 山門は苔むして、朽ちている。そこからも、普段はひとがおらぬと知れた。

 寺は、やはりというか、宝明寺を小ぶりにしたようなもの。屋根の端がそっくり返っていて、唐風がにおってくる。

 境内は広く、本堂の左と右に御堂が建てられてあった。

 所々、ひびやらいたみがあるものの、これを宿とするならまずまずなもの。

「ここが、陣となる」

 秀麿はくるっと扇子を廻した。

 とたん、否応もなくごろつきどもは本堂へと入る。町衆姿のものに、百姓姿のものは屋根のいたみを比べ、それが少ないとみたか左の御堂へと入り、応宝寺の坊主たちは、大瓦がからから笑って右の御堂へと足を向けた。

 各々、荷を置いたところで、ばらばら境内に戻ってきた。

「さて、おぬしら。これに、頭となるものはおらぬか。ひとりひとりに、手配りは面倒でおじゃる」

 ぱちんと、秀麿が扇子を鳴らす。

 ごろつきのなかで、やたら手下の多い、赤ら顔のものが前に出た。いつも酔っぱらってるうえに、口をくちゃくちゃさせてる。ゆえに赤牛と呼ばれてる。

 そして、三人の頭が組んだところからは、蟹頭。町衆と百姓衆からは、河内では名の知れた三國屋という反物屋の旦那。あとは、応宝寺から、頭の大瓦が出てゆく。

「よいの。それで、はぐれものはいずれかに入れ。さもないと、手柄は盗られよう」

 ざわっと、腕っぷしのものはごろつきに、おどおどしたものは、町衆と百姓衆にまぎれていった。

「では、手配りをやるか」

「お、おまちを」

 だしぬけに、三國屋がまったする。

「わたしどもは、お椀の山から、どんぶりの山へと攻めまする。これは譲れぬ」

 ほおっと赤牛。蟹頭はふっと笑う。

「ひょうろくどもが。正面から攻めるというか。よう、いうたの」

「赤牛よ。つまりは、どこよりも寺に近いからよ。すぐに逃げて戻れる。そしたら船着き場へも逃げられる」

「な、なんとでも、いいなされ」

 三國屋は震えながらも、いい張った。

「あと、もうひとつ。宝林房はわたしどもの御堂へ参らせよ。どのみち、本堂では博打となろう。汚れきわまわりない。また、応宝寺のお方は、もとより坊さまは足りておる」

 おらあ、と赤牛が荒れる。

「くたばりかけの坊主なんぞくれてやるが、えらくなめたものいいよの」

 血の気が飛び、三國屋の顔は真っ白になっている。

 じゃらっと数珠を大瓦が鳴らした。

「三國屋とて命がけ。それに、ぶちりがひそむなら、どんぶり山であろう。手柄を取るなら裏こそおいしい。それを譲ってくれたのだ。もうけものじゃな」

「ふん、ならばそうさせてもらうぞ、応宝寺」

「では、我らは右のお椀山」

 ぱちんと、扇子が音をたてる。

「決まった。あとは、各々に道案内を呼ぶ」

 扇子をくるっと廻す。それが合図なのか、ひたひたと白袈裟の坊主が三人歩いてくる。どれも、能面のようなつらつきであった。

「奥の院のもの。ものはろくにいわぬが、ついてゆけばよい」

「お守りはおらぬのか」

 赤牛はいけ好かぬ口ぶり。

「おらぬ。巻き添えとなるならそれまで。ゆえに、危うくなればひとりで逃げる」

 ふふっと蟹頭。

 ならばと、扇子がぱちんと大きく鳴った。

「各々備えよ。我らはもはや、口出しはせぬ。夜討ち朝駆けもどうぞ。首尾よく仕留めれば狼煙を上げよ。それで奥の院でぶちる。褒美を振舞おう。

 なお、銭を出せば米も汁も運ぶゆえ、小者に飯炊きをさせるがよい。さらに、酒じゃ、女じゃというなら船着き場へゆけ、値は張るがの」

 ほほっと秀麿は笑った。

「いざ、ぶちりぞ。みなの衆、ぬかるでない」

 おうと、太い声のあとものどもは三方に散ってゆく。小者たちもそれぞれ本堂に、御堂にと向かう。

 鈴々も右の御堂に歩きかけて、はたとなった。

「あれ、また才蔵がいない」

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