(二)墨島
唐の町並みはようやく、起き始めていた。
「おい、甘茶はまだか。寝覚めに冷やっこいのといったろう」
赤提灯がぶら下る遊郭の二階。
いかにもという人相のものどもが屯している。眠気眼の遊び女を下げると、丁半博打が始まった。
「いやあ~甘茶の兄いが表でぼっとしてまして。なにやら見知ったつらが、おったようなとか」
ぶらり瓢箪を下げ、とんとんと出歯の若い衆が階段を上がってくる。
「色町の女にのぼせおったか」
「へい。わっちもどこの女ぞというと、あっ、えっ、と呆けたことをぬかすんで引っ叩いてやりました」
でんと座る、ぽっこり腹の
「寝覚めといえば、迎え酒だろうに太蝦蟇」
徳利をふるっと振ってそのままぐびり。
向かいに、剃った頭に蟹の刺青が盆の上のサイコロを取る。
「酔うては化かされる青鯰」
場を囲むものはひひっと笑った。
「出目がさっぱり。ちんちろりんまで、ぶちりか
太蝦蟇が鼻を膨らませた。
「はは。ならぶちるか、沼へ沈めにゆくか」
蟹頭は鼻で笑う。
「はて、さっぱりといえば。明海もさっぱりじゃな」
青鯰が腕を組む。
太蝦蟇は瓢箪を呑み干し、転がした。
「おう。前回は早々に金きらの袈裟で現れると、たらたらとぶちりの曰くを語り、半日がつぶれたの」
「あれよ、おのれが放ったぶちりの傷が癒えぬのさ」
「蟹頭、放ったぶちりとな?」
「ここじゃ、憑きもののこともぶちりというのでな。青鯰よ」
さて、と蟹頭はサイコロを湯呑に入れ廻す。
「もとより、明海坊主のつらをおがみにきたわけでもあるまい。太蝦蟇、青鯰」
ふっふふと二人は笑う。
「おうよ、とにもかくにも、手柄が認められたもののみ渡される、金の御札。この証しを持ち戻らば、わしは足軽頭よ。もはや、くずどもとさげすまれることもない」
「なんの」
青鯰はそのひげをなでる。
「わしは頭からの船と縄張りの島をもらえる。これも馴染みじゃ、おまえらいく処が無ければ、わしの処へこい。小頭くらいにはしてやる」
あははと蟹頭は笑いこけた。
「ぬしらは小さいのう。これほどの宝をもろうてそれか。足軽頭ではこき使われるだけ。船じゃとて頭の船の露払いじゃ。しかも粋がっておると、直に足元をすくわれる」
なっ、なにいと青鯰。ぬかしたなと太蝦蟇。
「まったく、ぬしらは欲深なくせに、お人好しよ」
「えい、ならばおまえはどうする」
「なめた返答なら、ただではおかぬ」
青鯰は目をむき、太蝦蟇は唾を飛ばす。へらっと笑って、蟹頭は湯呑のサイコロをころころ転がした。
「わしは、札をおのれには使わぬ」
「な、なんと」
太蝦蟇と青鯰は顔を見合わせた。
「どこの大名でも、ふぬけた倅はおるものよ。跡を継がそうにも箔が欲しい。そこへ売り込む。とびきりの値が付こうの。すでに喰いつきそうな家もある」
「おおっ」
「かほどの銭となれば、そも、手下を丸め込み、頭にとって代われる」
ごくりと生唾を呑む音がした。
「これを明かしたは、わけがある。これより我らは組む。そしてぶちりをぶちる。のちに御札を売っぱらえば、銭は山分け。どうだ」
むむうと二人はうなる。
「いうておくが、こたびのぶちりは命あっての物種よ。ぬしらでやれるなら好きにせい」
太蝦蟇は苦虫を噛み、青鯰はふむと眉をひそめる。
「そも、なにがぶちりとなったか、青鯰。猪、いや熊か」
「並のものではあるまい。虎、はたまた異国の獅子というものか」
「おめでたいの」
蟹頭はとんと湯呑を置いた。
「器は犬猫でもよい。この厄介なのは、どうやら、まこと鬼が憑いたことであろうが。ゆえに、ひとりしか戻れなんだ」
「そも、真の、ぶちりか」
「はてさて」
太蝦蟇と青鯰は互いに腕組み。
「よし、組もうぞ」
「うむ。山分けでよい」
「それならば、もうひとつ。よいか他のものどもは知らず、我らは、日があるうちにぶちりをやる。夜はやらぬ」
「ほう」
青鯰がふふと笑う。
「よもや、闇討ちにでもあうというのか。なんの、返り討ちにしてくれる」
「いや、招く」
「ま、招く」
「闇からの。呼ばれたものは、みな死人となった」
「な、なんだそれは」
「わからぬ。ただ、島で死んだものが、死霊となって呼んでおるともいう。なればこそ、なんとしても闇は避けよ。なにが聞こえようと、知らぬふりでおれ」
「ま、まことか」
「闇からおいでおいでは、冥土がおいでおいでしておる」
太蝦蟇はたまらず叫んだ。
「さ、酒をもってこい。冷えたわ」
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