(四)応宝寺の坊主たち

「才蔵めっ」

 鈴々も赤くなった。

 あの船の甲板のことがちらりと過る。あれから、才蔵と豊春はひと悶着あった

 そう、あのとき、どやどやと応宝寺のものが甲板に上がってくる。副頭の弓月ゆみづきという古参の坊主が茹でた蛸のようになった。

「こりゃあっ。なにをどんどんしておる。おのが役目はなんとした」

 あっ、あのうと大汗の豊春はしどろもどろ。

 才蔵は不敵にも腕を組む。

「おいらが稽古をつけてる」

 目が丸くなる弓月。

「まさか、小僧にたぶらかされたか。それとも、相撲に戻りたいのか、このあほう。おのがやることが半端で、なにを成せようぞ」

 豊春は返す言葉もない。

「それでもいうなら降りよ。海を泳ぎてどこへなりともゆけっ」

 辺りはどよめいた。

 たまたま、付いてきた鈴々は居たたまれなくなった。

「お、おまちください」

 すっと才蔵へ寄った。

「こ、このものはあたしのつれのもの。無類の相撲好きゆえ、関取りのような方をみて舞い上がったのでしょう。どうかお許しを」

 咄嗟の方便に鈴々は冷や汗がたらたら。

「ちょいと」才蔵を小突く。「こんなとこで、このひと追い出されたらどうするの。銭ももらえず困るだけでしょ。どうせならぶちりで名をあげて、お相撲じゃない」

 これには、才蔵もぐうの音も出ない。

「とんだお調子もので、すぐにはやし立てる。ゆえに引けなかったのでしょう」

 鈴々は才蔵の頭を掴み、共に下げた。

 ちらり春竹をみやる。

 春竹はこほんと咳をひとつ。

「豊春房。やるなら鎧の手入れののちになさい」

 おいっと弓月。

「まて、そもそも相撲はな」

「弓月房。稽古はわけがあるのです」

 春竹は柔らかな笑み。豊春はきょとんとしている。

「さて、いつまでも遅れをとるわけにはいかぬ。ましてぶちりを前に少しでもみなの役に立ちたいと。そうであろう豊春」

「あっ、はい」

 つられて豊春はうなずく。

「なるほど小僧さまに煽られたやも。けれど、それに乗ったは足手まといになりたくないという切なる心。ここでひとつ踏みだせば豊春は力となります」

「ふう~む」

 ここまで黙していた大瓦がにやりと笑う。

「ならば、試そう」

 さっと、もろ肌を脱ぐや両手を広げた。

「こいっ」

 ごくりと豊春は生唾を呑む。

「はっ」

 じりっと構える。

 とたん甲板を蹴る音とともにぶちかまし。それを大瓦は受けた。がっぷりよっつ。双方びくともしない。

 やおら大瓦の顔が憤怒になる。

 ぐいと体をひねったかとみるや上手投げ、ごろりと豊春は転がった。

「あっちゃあ」

 才蔵は悔しい。うなだれる豊春。春竹が寄ろうとしたとき、大瓦の声が飛んだ。

「役目はこなせ。なれど空いた間は、はげめ」

 はっと豊春が顔を上げる。

「おい、そこの親方。稽古をみるなら、もっと強くしてみせろ」

 大きく大瓦は笑った。

 鈴々はほっと胸をなでおろす。これで二人とも応宝寺の小者となった。

「ったく、ばかたれ狐っ」

 その、才蔵が戻ってきた。

 その大袈裟な身振り手振りで、町の外れに、よさそうなのがあるという。

「どれ、子狐に化かされてやるか」

 弓月のいやみな笑いと共にぞろぞろと応宝寺のものは石段を下りていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る