(三)応宝寺の坊主たち

 船はするすると海をすべる。

 おおよそ堺州から紀州の中ほどにある岸和田の沖を抜けた。風に帆は膨らみ波もまずまず。そして早や紀州もまじかという処に湊がのぞめた。

 沖合からも、なんとも独特な華やかさと賑わいが香ってくる。

 家々の瓦の端はつんとそっくり返り、軒には赤い提灯がずらり。壁は黄色に塗りたくられ楼閣もみえる。日も傾くなか町並みと海面に赤い灯りがゆらゆら。なんとも幻の唐の都がそこにあった。

 小唐こからの湊と呼ばれている。

 その高台に宝明寺があった。ここの明海坊主が秘薬とやらでもうけた財を振舞い、元々ひっそりとした湊を唐風に肥え太らせたという。

 船がゆるりと湊へ着く。

 すぐさま、船を降りるとものどもはぞろりと宝明寺へ向かった。唐様の店並み赤提灯の下をかっぽする。格子からは白く塗りたくった女がひらひらと手を振っていた。

 通りを抜けると真新しい石段が伸びている。その先に、めざす寺があった。

 大ぶりな屋根は、これも凝った彫りのある瓦の端がぴんと跳ね、堂々とした造りは明朝風に似せたのか左右対称となっている。ただ紋として彫られる太極図はさすがに控えめであくまで和寺といいたいようであった。

「ようこそ」

 黄色い袈裟をまとう青白き坊主が小者をぞろりと連れて出迎えた。小者らはがらがらと荷車を引いている。

「はるばる苦労さま」

 首をくいと動かすと、小者はそれぞれ荷車に積まれた小ぶりな巾着を、ひとりひとりに手渡し始めた。ずしりと重い。

「これは前金の小金でございます。さて、ひとまず明日はこれまでの塵垢を各々で払うて下され。ぶちりのための出立は明後日。せいぜい英気を養うようお頼みします」

 おおっと声が上がった。

 それではと、本堂に向けて一礼をするや、ものどもは我先にと町へと繰り出す。それで、お役御免なのか、坊主も小者らと戻ってゆく。

 がらがらと荷車が乾いた音をたてた。

「なるほど。銭を渡せばあとは算段せよか。どうやら宿も飯も捜さねばならぬ」

「大瓦房。町は手ぐすね引いておりましたな」

「ここで虎の子を使い果たすやからもおるとか。まったくなにをしておるやら」

 応宝寺のものは呆れ顔で、石段を下りゆくものどもを見送る。

 ひとりのものが首をひねった。

「もらうものはもらった。それで、ぶちりはごめんと逃げるものはおらぬのか」

「ふふっ。それを寺に知らさば、この巾着を一つ、捕らえたものは二つ、むしろそのようなものはおらぬかと、町のものはいうておった」

 ほおっとため息が洩れた。

「つまり、町の衆も宝明寺とつるむや」

 春竹がぽつりという。

「しかり」

 大瓦はふっと笑う。

 と、そこへあのっと、鈴々が声をかけた。

「おや、なにか。薬種でも足りませぬか」

「い、いえ。連れのものが、なにか良さげな宿をみつけてくる。しばしお待ちと」

 春竹は目をぱちくり。

 さっきまでいた小僧がいない。

「はて、いつのまに」

「どうした。豊春の親方がどうかしたか」

 ここでみなが大笑いした。豊春が赤くなってうつむく。

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