(五)邪鬼あらわる

 びゅうっと風が吹く。大屋根には幼子が、あちらこちらで瓦にしがみついていた。

 もう、へらへらと浜安が瓦を渡ってくる。

 阿国はふっと笑った。

「やっちゃるか」

 それは芝居じみた素振りで瓶をくいと呑んだ。ぷうっと甘い息を吐く。

 そして、もうひとつの瓶をちゃぷりと振った。

「酒か」

「酔うてみねば、面白くもない」

 ひゃはっと、浜安は引ったくるように呑む、阿国も呑む。ともにぐいぐいと呑みあった。

「あ、甘いな」

「あら、いまひとつかね。さめちゃいけない。なら、よし、ひとつ打つかい」

「博打か」

 うふっと阿国は笑って、ひょいと瓶を取り上げると、二つの瓶を並べてみせた。

 やおら、片方の瓶に、小粒金をちゃぽんと落とす。すると、それを背にやって二つをくるくる廻す。そして、瓦にとんと並べて置いた。

「さあ、小金はどっち」

「当てたら」

 阿国は林に向って叫んだ。

「白鈴やあ」

 えっと白鈴。おろおろしながらも林から境内に出てきた。阿国は頭巾を取れと手ぶりに、白い頭巾を取る。福々しい顔と黒髪がさわっとあらわれた。

「あの、姉さんと二人で床遊び」

 ひゃはっ、浜安は小躍りして跳ね廻った。知らぬが仏の白鈴はきょとんとしてる。

「お、おっもしれえ」

 うっと左にいきかけて、ひたりと右をさす。

「こっちだ」

「のぞいてごらん」

「おっ」

 口が小さく、なかで濁酒がちゃぷっとなる。

「底に、なにかあるかい」

「おっ」

 ぐいっと、目玉を入れんばかりにのぞき込む。

「そらっ、そこっ」

「おっ、おっ」

 ひのっ、ふのっと、めいっぱい、ふり上げた阿国のかかと。えいやっと、めいっぱいに、ぼんくら頭を踏み抜いた。

 がしゃあん。

 瓶も瓦も砕いて、浜安はがらがらと大屋根を転がって落っこちた。

 ひいっと白鈴。

 それっ、取り囲めっ。浜長が叫び、浜守が真っ先に向かった。なれど、囲んでみれば、ごろりと卒倒していた。

「さても、あっぱれ」

 浜長が扇でひらひら。

 阿国は泣きじゃくる幼子を抱いてほほえむ。辺りは、やんややんや。

「酒宴じゃ、酒宴じゃ、褒美を取らす」

 狛犬の眉が踊っている。浜守は間八を呼ぶ。

「あとで、里のものへも振舞え。銭を惜しむな」

 はっと、間八は山休と村へ向かった。

 ふうと浜守。

「これで、おさまればよい」

 ふうと、白鈴。

「ほんと。阿国もおさまっとくれ」

 はっと、二人は見合う。

「いや、魂消た。あれが、まじないか」

「いかにも。鬼の頭を蹴る、まじない」

 互いに笑いあった。

 こらっと阿国が叫んでいる。

「けらけらしてないで、童たちを降ろすの手伝っとくれ」

 あっと白鈴は駆けた。

 そこで耳にした。

 足軽どもが、縄をぐるりと巻いた浜安を荷車で運んでいる。

「もはや、成敗とな」

「こうなるくらいなら、いっそ島へ送るべきであったと浜長さまは、いうておる」

「うひっ。あれか、あれは怖ろしや。なんと、まことの鬼がおるらしい」

「ぶ、ぶちりか」

 とっと、なんでもない石に白鈴はつまずいた。


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