(三)邪鬼あらわる

 浜長は下知をした。

「屋根へ上がれ。もはや、あれはひとではない、即座に斬り捨てよ。童もひとり、ふたりなら、やむをえまい」

 叫びがあった。

「なっ、なりませぬ」

 真っ赤になった坊主が飛び込んでくる。

「お、和尚か。どうした」

 慌てて間八が応じた。

「この寺の、山休と申しまする」

 山休は声をふるわせた。

「童はなりませぬ」

「ひとり、ふたりは仕方なかろう」

「それが、ここでたまたま祝い事あり、方々の村から呼ばれたものであります。それが殺められたとなれば、もう、この里は抑えられませぬ」

「むう、のちに告げられるというか」

 ぐいぐいと狛犬眉がくねる。

 下知を引っ込めた。

「はて、さて、どうしたものか」

 大屋根では、とうとう幼子が泣き出している。

「うえっ、泣くなっ。けっ、しらけちまった。えい、酔うか。なら酒だ、酒をもってこい。ついでに、酒とくれば女。女ももってこい」

 白鈴はしかめっつらになる。阿国はなにやら含み笑い。

 屋根の上では、さらに浜守がはしゃいでいた。

「ゆかい、ゆかい、昼の昼なかに酒くらい、寺の屋根で女と戯れる。いやはや、とんだ罰当りだあ。ひゃはっはは」

 くっと浜守が弓を握るも、浜安は瓦の上をひょいひょい跳ねている。

「浜守さま」

「なにか、阿国」

「はい、そう、ひとつきいてくれませぬか」

「えっ、いまか」

「いま。ちょうど、そっくりの瓶を二つ。首の長いものがよろしい。そして小粒金をひとつ。用意してくださいませ」

 浜守は首をひねる。

「これ、なにかある」

 阿国はふふっと笑う。

「ふうむ。えい、他ならぬ阿国ならの」

 間八にひとこと、ふたこと。間八も首をひねりながらも走っていった。

 白鈴がそっと阿国に寄った。

「なに、やらかすの。危ないことじゃないだろうね」

「ちょいと、やらかす」

「あのね」

「なに、白鈴もそんな橋を渡ってきたろ」

 白鈴が、はたとなった。

「あんた、薄々知ってたね」

「ほんの、うわべだけさ。こういう商売やってると馴染みから色々ねたがくる。あんたが唐では道教とやらのもので、なにやら逃げてきたこと。でも、どうでもいいことさ。うちらの一座はそういうのばっかだから。ただ骨婆さんのときから穏やかじゃなくなったね」

「まったく、ただの呑んだくれじゃないね」

 白鈴は苦っぽく笑う。

「ちなみに、憑依というと、道教の術でもあるの」

「おや、なら、あれも」

 阿国が大屋根を指す。

「それが、憑きもののにおいはしない」

「というと」

「薬だね。心が壊れたか」

「阿片、とやらか」

「そこまではわからない」

 ふむと阿国は腕組み。

 また、ひゃははと笑いがある。足軽や村のものはしきりに念仏を唱えていた。

「だから、この鬼は祓えない」

 阿国はにんまり。

「いやさ、端からお祓いはやらない」

 その裾をひらりとはだけ、白い太ももをぺんと叩いた。

 白鈴は目をぱちくり。

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