(二)邪鬼あらわる

 どんよりと薄暗い空。

 やけに強い風が吹き抜けた。

 ほどなく四人の前に馬が三頭引かれた。

 阿国はためらいもなくひらりと乗る、つづいて白鈴が押されて乗り、おのれの馬にどちらか乗せたかった浜守はやや残念そうに馬に乗った。

 先に馬にのった浜長が、それっと駆ける。二頭はつづいた。

「ふむ、阿国や。さっきの騎馬武者はこれやも」

「かもね」

 右に左にと曲がって山を降りてゆくと、谷間の小さな里に出た。

 その里の入口では立波に月の旗を掲げた足軽どもがわらわらといる。そのうちの頭らしきものが息を切らせてきた。

 しきりに村はずれを指さしている。

「そ、その先の古き寺でござる」

 浜長は荒げたものいい。

間八かんぱち、どうにかならぬのか」

「いや、尋常ではありませぬ。まさに憑きものと成られた」

「まこと、人も喰ろうたか」

「ひとをばらし、焼き、喰ろうたと」

「もはや、邪鬼めか」

 狛犬眉が吊り上がる。ふと、浜守は声を和らげた。

「それで村のものはおびえておろう」

「我らで始末するゆえ案ずるなと、布令ておりまする」

 ひとまず浜長はうなずく。

「さっさとかたづけねば。事が知れたら大将の本陣に呼ばれよう。もはや、問答無用で大波家も危うくなるかもしれぬ」

 浜守が天を仰ぐ。

 どこまでも雲がいっぱいで薄暗い。

「は・・浜安はまやす

 ふと白鈴の耳に止まった。

 それに気づいたか浜守は辛い笑い。

「我が末の弟。ほれ、あの大屋根のところか。その寺でひとを喰ろうたとか」

「おのれという、ひとも喰らったね」

 阿国はぽつり。

 寺は林に囲まれていた。

 林には不安げな村のものもいて指さしている。もくもくと黒煙が昇っていた。

 四人は馬を降り木々の間からのぞいてみる。

 大屋根の本堂があり、その境内では戸板やら薪やらがうず固く積まれ、ぼうぼうと燃えていた。肉も焼かれているのか油のにおいがきつい。

 それは、ひとの肉片であろうか。

 この、やらかした鬼はどこかとみると、笑い声が降ってきた。

「ひゃははっ。さあ、宴じゃ、宴。ともに肉を喰らおうか」

 あろうことか、大屋根にどっぷりと血に染まる太刀を担ぎ、鎧は半分脱げたものがおどけている。そして屋根には幼子たちが上げられていた。

 大波の足軽は弓をつがえつつも手を出しかねている。

 瓦の上を、その浜安は飛び跳ねていた。

「さあ、放て、やれ、矢を射ってみよ」

 おびえて、固まった子供を抱きかかえる。

「そら、芸をみせねば楽しゅうないぞ」

 舌を打ち、浜長は間八に問うた。

「なぜ、ああいうふうになった」

「そも、我らの兵は出遅れておりました。というのも浜安さまが尻込みをされたのです。ところが勝ちと知れるや、とたんに手柄がいると浜安さまは、あの明海から高い銭で手に入れた秘薬を呑み、しばらくすると敵じゃ、敵じゃと騒ぎ始めたのです。まさに憑かれたように辺り構わず、あげくが、これでございます」

「あいつか、なにかにつけ、坊主がからむとこうなる」

「猛るという、秘薬さえ呑まねば」

 浜守が悲しげにつぶやいた。

「臆病ゆえか」

 脂臭さが漂う。もう肉は黒焦げになっていた。

「南無阿弥陀仏」

 腹をくくった浜長の念仏ひとつ。

「呼んですまぬの。祓うどころではのうなった。退治せねばならぬ」

 阿国と白鈴は顔を見合わした。

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