(六)鈴々と才蔵

 どうやら、今日は面通しだけなのか、ばらばらひとが去ってゆく。とはいえ、それをやらないと、いざとなって船には乗れない。

 ぽつりと心の奥のつぶやきがでた。

「なんとか船に乗らないと、寺にゆけない、道家の坊さまに会えない」

 割符を握りしめた。

「ぐずぐずしてられない。明日はもう船が出るやも。いま、割符と顔をみせないと」

 とにかく、ひとりいる。

「淡路屋のおさよちゃん、おきぬちゃん、珍なるものが好き。だから進んで南京屋の留守番にゆく。あの二人なら、どっちか・・ああだめだ。まず、駄賃がいる。

 そう、百学さんなら。まって、長崎だった。いつ戻ってくるやら。えい、阿国一座の小雪さん。前からか漢方薬をやりたいって。あの寺ならうってつけ。あっ、だめ、こんなとき一座の二番目は抜けられない」

 ため息ばかり。いまにも割符の坊さまは宿へ戻りそう。

「船に乗りたい」

 すると。

「船に乗りたいね」

 上からぽろり。

 はっと仰ぐと、木の枝に寝そべって、あの狐つらの薄ら笑いがあった。

「あわ、さ、才蔵」

「へへっ」

「な、なんで、いるの」

「そっちこそ」

 ひらっと軽く地に下りた。

「いま戻った。天下は桔梗が枯れて、瓢箪が実った。さてもどんな勝負とみたけど、ひとたび崩れたら、あれよあれよってね。あっけなかったな」

「ふうん」

「なのに、姉さんたち陣をのぞくって。勝ち祝いに舞って稼ぐつもりか。ならば、おいらもひとつ商い。あっこの怪談をのぞいてやる。銭になる噺が拾えるやも」

「島へゆくの」

「おっかなければ、おっかないほどひとは喜ぶもの。でも陸路はくたびれる、船でさくっといきたいね」

「お疲れさま」

 才蔵は、くいと割符をみた。

「宝明寺の割り印か。こんなもんどうやって」

「うあっ、なぜ、いつのまにっ」

 鈴々の札が、どこやらの木の御札になってる。

「さっき、ぶつぶついってたろ、後ろからそっとすり替えた」

「なんて。もう、そうやって店からもしっけいしてたんだ」

 ふんと笑う才蔵の瞳が、きらりとなる。

「それで、いくのか。まさかね」

 くりくりの瞳が泳いだ。

「ぜ、銭なのよ。そう、朝鮮人参に、猿の腰掛け、漢方はやたら値の張るものがあるの。いまに、異国の船がくる。そこで仕入れ損なうわけにいかない」

 べつに、そんなに人参もいらない、けれど船の仕入れは本当。まんざらうそじゃない。

 さて、才蔵はいかに。なんとか、このままぷいとどっかへいってくれたら。

「うわ、やんの。ぶちり」

「小者としてお世話なの。たんともらえるの。それで、あの、婆さまに頼んでみた」

「あらっ、骨のお婆」

 なんでも、斜めからみたがる才蔵がとたんに、はいとなった。

「あいわかった」

 なにがわかったか、そのあと、割り印をじっとながめてる。

「ここ、弐って彫られてる。二人ってこったな。なら、ひとりはおいらだ」

「うえっ、ちょ、ちょっとまって」

「あら。もし、おいらが乗れないなら、このことぺらぺら、あることないこと吹き込んでやる。さあ、白鈴姉さん、おっかねえぞお」

 鈴々は凍りついた。

「どうする」

 うつむき、目を閉じた。

 やむえないか、いや、それでも、ふと薄目を開けた。

 才蔵がいない。

 はっと見廻すと、なんと船の処で坊主に割り印を渡し、身振り手振り。やおらこっちを向くと、両手で輪っかをこさえた。

「あっ、あいつ、嫌い」

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