(五)鈴々と才蔵
その日の湊は静かな波であった。
なれど往来は波立つ。
ぞろり、ぞろり、と道の真ん中をかっぽするものどもがいた。
町の衆はみないぶかしげに見送る。
「まるで絵巻物ぞ」
ひそひそ。
それもそのはず。
大股で歩くもの。仏法の衣を身にまとい、その上から源平を偲ばせる大鎧を着込みさらに手にはみるも重そうな大薙刀を持つ。
のっしのっしと三十数名。その姿はひと昔の僧兵であった。その先頭のものは弁慶かと見惑うほどに厳つい。ぎゅっとなったまなじりは虎も尾を丸めそうであった。
「お、大瓦房。また新入りの豊春が遅れよる」
二人目の僧が声をかけた。
弁慶づらの大瓦がからからと笑う。
「我らの晴れ舞台ぞ。ついてこれぬものは放っておけ」
野太い声がわんと響いた。
それが聞こえたか、どん尻で肥えた僧は汗をふき々、喰らいつくように歩いてゆく。その先の船着き場もみょうな賑わいがある。
ひとつの船にひとが群がっていた。
いかにも無頼のものども。眼玉をぎらつかせる足軽もの。そうかとみれば鍬を手にぼんやりと立つ百姓たち。さらにひょろりとしたつらの町衆が胴丸を着込む。
なんとも不揃いな面々が船の前で列を成す。それを坊主らが数人、名を呼びひとの数をかぞえ割符を合わしていた。
「騒ぐな。騒ぐな。面通しの妨げは銭にかかわるぞ」
甲高く坊主が呼ばわる。
幟があった。
太い墨文字がくねる。
墨島の御厄祓い。
ばたばたと幟はゆれていた。
あの、僧兵たちもその列に加わった。
この人だかりに、はや露店がちらほらとあった。
「えらい銭になるそうや」
角ばった顔に、ぶっとい眉。そこに、人懐っこい瞳がある。かんかんに日焼けした肌に、笑うと、やたら白い歯がきらりとする。
甘茶をとんと置いた。
「どうも」
鈴々もにっこり。
あの日、紅骨と別れてから迷いに迷う。ようように浜にきてはむやみに甘茶を頼むものだから、すっかり売り子の兄いと親しくなった。
兄いは、あの才蔵よりちょっぴり年上くらいか。
「宝明寺ってか、なら、島へいくのやろか。それにしても」
へらっと笑う。
「ばらばらやな。あんなので、憑きもん祓い出来るのか」
「知ってるの」
「わいらは、商いとなれば鼻が利く。仲間のなかには、あいつらが懐の具合がええのを見越して島の浜で商いしとるらしい。魂消るやろ」
「へえ~」
「わいも商いしたろか」
笑うと、ほんとに楽しそうにみえる。
「同じ笑みでも、こうも違うのね」
「ほう、そうなんか」
「あたしが知ってるのはいつもからかって、小ばかにしてるみたいでさ。いつか、ぎゃんといわしたい」
「あははっ。おる、おる、わいの里にも、ひとりおる」
「どこでもいるのね、嫌なやつって」
「そやな」
しばし二人で笑いあった。
甘茶の椀を返す。
まいどと、兄い。
「では、あたしお店に戻る」
「いつまで、ふらふらしとるのやろな。困った姉さまや」
「それ、もうひとりのほう」
首を傾げる兄いを尻目に鈴々はふらっと歩き出した。
ただ、その先は鈴屋ではなく、あの船着き場。
「船ならひとっ飛び。さて、どうしょう」
腰袋から、紅骨かもらった割符をながめては戻し、またながめる。
「二人か・・」
そっと少し離れた太い松にもたれた。
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