(四)鈴々と才蔵

 ひっひゃり、ひゃり、うひゃり。

 紅骨が、さも面白いと、笑ってる。

 うひゃり、うひゃ、ひゃ、ひゃ、・・

 笑いこけた。

「ひ、ひっ」

 鈴々がたまらなくなって立とうとする。その手をむんずと掴まれた。

 ぐいっと、紅骨の狐のつらが寄ってきた。

「よもや、生けにえとなるのか。唐でも、和国でも」

「お・・お婆さま・・」

「まして、こたびは、むごいやも。死人が沼へみちびくや。いやはや、おぞましき噺は、いかなる、むすびとなるやら」

「ち、ちょっと、痛いっ、離して」

 がっちり掴まれて、爪がくい込む。ふり払えなかった。

「舞台の幕が上がる。小娘が歯車を廻す。その先で笑うのは、あやつか、はたまた」

 ふいに、その笑いが失せた。

「なれど」

 紅骨がまじまじと鈴々をみつめる。それから、なにやらぶつぶつとつぶやく。さっきから鈴々は目を白黒させるばかり。

「なんともならぬか」

 紅骨は天を仰ぐ。

「つまらぬ」

 なにが、つまらぬやら、鈴々はもう呆れてさえくる。

「つまらぬの。抗わねば、まるで、巫女をくれてやるようなもの」

 手を放した。

「小娘よ、はて、帝鐘(柄のついた手持ちの鐘)くらい扱えよう」

「え、えっ」

 鈴々の瞳が泳いだ。二歩三歩と後退りする。

「て、帝鐘」

「青みがかった鐘よ。道士なら知らぬといわさぬ」

 その顔が強張った。

「よいか。わしは商いで天竺までもいっておる。そのおりに知っておる。唐では、道教は乱れてしもうたとの。そこから、逃れてきたのであろう、道家の娘よ」

 鈴々が、きゅっとにらむ。

「まて、それをうんぬんではない。ようは、ゆくなら、鐘のひとつくらいいる」

「憑きものを、祓えというの」

「なんの、お守りである」

 紅骨は腰袋に手を入れまさぐる。やおら、青みがかる鐘と、割符を取り出した。

「この鐘はなかなかのもの、それと割符。手配りはしておく。あとは、宝明寺の船をみつけて、仕切りの坊主に割符をみせよ」

 ひょいと鐘と割符を渡されると、鈴々の顔が和らいだ。

「ほんとに」

 ふむと、紅骨はうなずく。

「ただの」

 そういうと、なにやら、にやりと笑った。

「人手が足らぬ。ひとりより、二人の組ならば、あっさり雇ってもらえよう」

「もう、ひとり、ですか」

 ふむと、紅骨はうなずく。

「なれど、真面なものでは、つとまらぬ」

 えっと鈴々は目を丸くした。

「それはどういう」

 紅骨はふっと笑うと、ゆるりと立った。

「ゆくとする」

 もう、ひょろりと歩いてゆく。

 鈴々は慌ててお礼をいった。

「あ、ありがとうございます。この恩はかたときも忘れませぬ」

 ひたと、その足が止まった。

「いつでも、鈴屋に寄ってください。そのおりには、たんとお礼がしたい」

 振り向かぬまま、紅骨がいう。

「きれいごとも過ぎると、げっぷがでよる。やれ、小娘。おまえは、まったく」

 ひゃりと笑う。

「白露の呑み過ぎ」


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