(一)鈴々と才蔵
堺の湊近くに南蛮寺(教会)に似せた飯屋があった。
金物の看板には『ばてれん』とある。
葡萄酒を出す店として、通にはこたえられない。その二階が今日は賑やかなことになっていた。
あら、こういうとこはめったにないね。
まあ、このおつくりおいしそう。
天婦羅って、食べてええの、お師匠さま。
そろって五十人近く。だいたいは娘衆におちびどもがちらほら。そして爺様やら若い衆がひと固まり。脇には葛籠が三つに鳴りものの笛太鼓が行儀よく置かれていた。
でっぷりの狸おやじが頭を下げる。
「さあさあ、遠慮はいらない。存分にどうぞ。阿国さまのはからいで、南京屋もやっと、堺のみなさまの仲間となれた。その祝いよ。たっぷりめしあがれ。一座のみなさま」
あいよ。声もそろって、みなが手を合わせ、盛られた料理をたいらげ始めた。
とんと、王鈴の前にひとりの若衆が胡座をかいた。それは、冬の富士に月という粋な羽織をひらりと着て、葡萄酒を入れた瑠璃の徳利を手にぶら下げていた。
まるで役者のようなつらが、へらっと笑う。
「おう、俺まで呼ばれていいのか」
「はい。阿国さまがぜひにと、淡路屋の千石さま」
ぽりとあごをかいている。
「やれやれ、その姉さんはどこいったの。芝居の段取りもまだなのによ。京の焼け跡か、はたまた、耳にしたという、紀州の怪談とやらか」
王鈴はいやいやと苦笑い。
「どっちでもない」
「なにやら、鈴屋の白鈴を、おともにってな」
「それ、あとで知ったよ。それなら、止めたのに」
「どこなの」
「天王山」
あらまっと千石はうめいた。
「よりにもよってか。いまごろは、備中から戻ったものと、京のものが、ちゃんちゃんばらばらの天下分け目じゃないか。その見物か。さては、勝ちを祈ると、尼にでも化けたか」
「千成の瓢箪か、桔梗か、どちらやら」
ふんとなる千石に、王鈴がへこへこと葡萄酒を振舞う。
「たまらねえな。のこのこと。ひょっとして、俺を招いたのは、そのわびか」
「はてな」
「いっそのこと、仲間を呼んで、おまえの銭で毎晩どんちゃん騒ぎをやろうか」
「まって。干物になってしまう」
「よくも、胡散臭いの呼んで焚きつけてくれたな。あれで、ぷっと息を吹き返した。あんな、じゃじゃ馬はしおれてるくらいがちょうどいいのに」
「もう、そのへんで、かんべんよ」
ひといきつくと、千石が王鈴に酒をつぐ。ちらっと千石は辺りを見廻した。
「おや、あの子狐の、才の字もいないな」
「それね、姉さんたちのぞいてくるって。ついでに、あの怪談も探るっていってたね」
「ひとの用事は、ちんたらのくせに、こういうのは喜んで、すたこら」
「銭になるってね。面白いやら、怖いやらのねたは、どこやらの若旦那が飛びつく」
「ぬかしやがれ」
くいっと、千石は盃を呑み干す。
「とはいえ、ちょいと、そそるな」
「ぶちりとやらか」
「しのかみとやらも」
ふっと、千石も王鈴も笑った。
そこへ、ぱたぱたと歩み寄るものがいる。小柄なわりに、紋付き袴姿の若者が千石の脇にきて、かしこまった。
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