(七)ねたはないか

 女の娘はその場で、縄にしばられる。

 女は狂ったようにわめいた。ほんとはといいかけたとき、村長の手にした錫杖で、口のきけぬほどぶたれた。

 黙れっ。おまえが、誰を選ぶつもりか、もはや知れぬ。おおかた、よこしまな心ゆえに、文字を誤ったのだ。

 なれど、いまや、この名のものこそ、選ぶものである。

 さあ、吊るせ、生けにえとともに。

 それでも、女は抗おうとする。それを、さちという娘はそっと寄りそった。

 かかさま、ゆきましょう。

 で、でも、おまえ。

 かかさまのいないところで、ひとりでいきてゆけませぬ。

 おまえ。

 二人は泣いた。

 村長が、そこで鉈を手にしたとき、ふいに、二人の縄がちぎれた。

 ぶちり、とな。

 そして、女はじろりと、村長をにらみ、沼へ娘とともに沈んだそうな。

 それから、二年、なにごともない。

 さらに、二年と、村のものがささやかな祭りの仕度を始めたころ。

 それは、風の強い日であった。

 どんどんと、夜中に村長の家の戸が叩かれる。どなたと戸を開けても、誰もおらぬ。はてと、家のものが戻ろうとして、そこに、さきが立っている。

 おや、起きられたかと、いいかけて息を呑んだ。ざんばら髪のうえ、ぐっしょりと濡れている。さらに、そこからのぞく顔は、こぶだらけ。

 家のものは腰を抜かした。

 さきは、げらげらと笑いこける。そのまま外へ出ると、闇のなかへ消えていった。

 あくる朝、家のものたちは、村長をはじめ、みんなこぶだらけの姿で、死人となっていた。さきは崖下でみつかった。笑った姿の死人であったとな。

 ことは、それで終わらぬ。

 やれ、憑きものじゃ、おもどりじゃと、村のものがあたふたしているうちにも、誰かれともなく、夜中に戸が、どんどんと叩かれる。

 もはや、かたく閉じておる。しばしあって、鳴りやむ。やれやれと、ほっとするも、そこに家の婆さまが、ひょこりとくる。

 どうした、婆さまやと、振り向くと笑ってる。白髪はふり乱れ、白目をむき、こぶだらけの顔が、げらげらと笑っておった。

 村は滅んだ。

 それでも、ときおり、げらげら笑う声が海に響いたとな。

 年老いた漁師はつぶやく。

 また、しのかみさまが、さまよっておる。


「やたら、怖いものやないか」

 才蔵が震える素振りをみせる。

「なら、憑きものとは」

 阿国がうらめしそうに、手をぶらりとさせる。

「しのかみさま、とやらか」

 ひゃりひゃりと紅骨は笑った。

「はてさて。なれど、こぶがどうとは、耳にしておらぬ」

 あっと、才蔵が叫ぶ。

「白鈴姉さん。ほおに、こぶがある」

 ひえっと、白鈴は顔をなでまわした。こぶなどあるはずもない。

「このっ、へたれ狐め」

 ひょいひょいと逃げる才蔵を、どたどたと白鈴が追い廻す。王鈴はなだめにかかる。やれやれと紅骨が呆れるも、阿国は大笑いしていた。

 かたり。

 階段から、小さな音があった。

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