(六)ねたはないか

 こういうはなしがある。

 そのむかしは島の山にも村があった。

 木々はよく実をつけ、海では魚もよくとれて、まずまずの暮らしであったとの。

 ただ、ひとつの厄をのぞいて。

 それは二年に一度くるという。こないときもある。こなければ、それより二年ののち。

 しのかみさまと、いわれる。

 はて、どのような字をあてるやら、いや、呼んだままかもしれぬ。

 その、しのかみさまがこられると、村のものにこぶができる。ぽくり、ぽくり、とみるみる増えて、醜いものとなる。これを、放っておけば村のものにこぶが伝染ってゆき、そのあげく、みんな死に絶えると伝えられる。

 これを、防ぐ手立てがひとつある。

 生けにえがいる。

 その、生けにえとなるものと、しのかみさまに憑かれたものを、沼へ沈める。

 おもどりをする、というらしい。

 ところで、沼はふるくからある。深き沼であるという。村のふらちものやらは、みなこの沼に沈められる。おそらく底は骨がごろごろ。それが骨沼のゆえんやも。

 日頃は、誰もおっかなくて、近寄らなかったとな。

 ここに。

 村で鼻つまみの女がおった。

 村長むらおさが、かつて遊びんだ女とな。かんしゃくがひどく、怒ると手がつけられぬ。誰とでももめたあげく、わめいて暴れるという。

 女には娘がひとりおる。

 これが、けなげにも母をいさめておったとな。

 ある年。

 その、かんしゃく女にぽくりとこぶがふくれた。

 それはみるみる増える。女は取り乱して暴れたが、村のものによって抑え込まれると鍵のある御堂へ入れられた。

 村長はいう。

 おもどりをする、しかない。

 村の衆はうなずいた。されど、生けにえがいる。伝えでは、それを、しのかみさまに憑かれた、あの女が選ぶこととなる。

 誰が、生けにえとなるか。

 村のものは震えた。御堂で、女はこうなったらと、げらげら笑ったとな。

 はたして。

 おもどりの儀式がととのったのち、女に木札を渡し、それを寺へ奉納する。ただし、札は儀式まではみてはならない。その禁を破って、村長がこっそりのぞきみした。

 そこに、さき、の文字があった。

 血の気が失せた。これは、村長の娘の名であった。

 ぶるぶる、震えたそうな。

 そして、おもどりをする、そのときがくる。

 沼の前に、白装束の女がくる。縄にしばられると、あとは木に吊るしてゆく。このとき、集まった村の衆に向かって、おごそかに、木札の名を呼ぶ。

 さち、と呼ばれた。

 女は、あっとなった。それはちがう、それは、あたしの娘の名だっ。

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