(四)ねたはないか

「ぷんぷんにおう」

 阿国がにっと笑う。

 すると、紅骨もひゃはっと笑った。

「わしを、おがんで笑うのか。なかなか肝が太い」

「いかにも。このおかたこそ、いつもうわさしておる、阿国さま」

 王鈴が腹をぺんと叩く。ひゃりひゃりと紅骨は笑った。

「ともあれ、なにかねたものはないか。その、太い肝を冷やすようなもの」

「ねたなら、京の寺で、第六天魔王が転げおったであろうが」

 しょっぱい顔を王鈴はする。

「そのねたもので、芝居をこさえたら、どうなるね」

「珍品が増える。あのとき、ふらちものと斬られた、阿国のどくろ」

 白鈴に、阿国はぷっと吹いた。

「なかなか、筋金入りのむじなさま」

 王鈴は口を尖らせる。

「なら、うちの品を喜ぶひとがいなくなる。すなわち、あんたの客もいなくなる」

 おやと、紅骨はおどけた。

「それは、かんべん」

 その瞳がきょろりとなった。

「ならば、いまのわしのねたものは、ひと集めか」

「あら、どこかで商いの市でも、たつのやら」

「商いにあらず。ある寺が、つわものを集めておる。その手助けをやっておる」

「つわもの。はて、なにをするの」

 紅骨は、にたりと笑った。

「ぶちり」

「ぶ、ぶちり」

「ある処の、厄祓いの呼び名である。耳にしたことはないか」

 阿国と白鈴は目を白黒させる。

 王鈴は、ふと腕組みをした。

「この、和泉の国を浜沿いに紀州へ向かう。さすれば、その国境辺り。たしか、地侍の大波家の領内になるか。ここに、宝明寺がある」

 あっと、王鈴がなった。

「もしや、その寺が二年に一度の荒行のことか」

「いかにも。村々に立札を立て、ひとを募っておこなう厄祓いよ。舞台はそこより、海を渡ってすぐにある墨島。その島の山にある宝明寺の末寺の宝泉寺」

 そこで王鈴がふるっと震える。

「いや、あれはよくない。やたらと荒れたものらしい。なにせ、死人まで出るとか。船乗りの仲間は、厄をはらっておらぬ、もらっておると、うわさしてる」

 阿国はふむとなる。

「ちょいと、村なんか騒ぎとならないか」

 紅骨はにやりと笑った。

「さても、ぶちりをやって命落とさば、それすなわち、神仏の捧げものになったと説く。ゆえに、死人がぞろぞろとなれば、それだけ、村は豊作になるという」

「それで、丸くおさまるものなの」

 白鈴が呆れる。

「ちなみに、さあ」

 狐のつらの小僧がひょいと口を挟んできた。

「そもそも、ぶちりって、なにやるの」

「ひゃっ、才蔵。いつのまに」

 白鈴のそばに、ちょんと座ってる。

「あら、淡路屋へ戻ったのじゃないのかい」

「いやさ、千石の若旦那には、姉さんは鈴屋で呑んだくれてる。しらふになったら、そっちにゆくって伝えといた。しようがねえって笑ってた」

 とぼけたつらで、へらへらしてる。

「まったく、どこでもぷいと吹いてくる風のよう。あんた、乱破というの、ほんとなの」

「白鈴、ほんとなの。はぐれ乱破の才蔵。霧隠れの異名のある、生意気なやつさ」

 へえっと白鈴が才蔵のおでこを突っつく。

「なら、伊賀ものとやらか。すご腕なのかい」

 ほめても、けろりとしている。

「いやはや、ぬしがのう。されど、伊賀ものたちの里は、いまや、どこにも」

 その紅骨に、才蔵がまったとなった。

「おいらのことより、そのぶちりだろ。もうすぐ、骨になるお婆どの」

「ひゃり、ひゃり、なかなか、ぬかすのう」

「あたしも、知りたいね。ぶちりとは、どんなものか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る