(三)ねたはないか
「あらま、居た」
阿国はぶすっとする。
「居ちゃ悪いか、王鈴」
わっはっはと、王鈴はその太鼓腹をゆすって笑った。
「そんなことない。おめでたいね」
年中おめでたい顔がいう。
南京屋の王鈴。
たぬきおやじとも、唐狸とも、やたらあだ名されている。
なんとも、ぷんぷんにおうも、どこか憎めない。
ちょうど、鈴屋の反対の街並みの端に店がある。そこで、おもに唐の器や骨董品を売っていた。ただ、店の奥は胡散臭いものばかり。古の竜の玉だの、呪われた首飾りだの、瓶につめた人魂とやらもあった。まさにお化けの店と童には人気があった。
「あっ、そうだ、叔父さん」
白鈴がここぞとばかりにいう。
「阿国がね、いま煮詰まってるの。なにか、いいねたはないの。ほら、商いでみんなを、たぶらかしてるような、いかがわしい、ぷんぷんにおうやつとか」
こらっ。
阿国と王鈴の声がかぶった。
「なにが、煮詰まってるの」
「なにが、たぶらかしというの。みんな、ほんもの。それはそれは怖ろしい」
はいはいと白鈴は笑ってる。
ふと、王鈴はあっとなった。そこらじゅうに書き散らしの紙が丸めて転がっている。
「おや、ほんと煮詰まってるね」
いや、それはと阿国がいいかけるのを、王鈴は構わずにいった。
「よろしい。ねたというなら、とっておきの秘宝がある。天竺のもの。ただの亀の甲羅にみえるけど、地図が刻まれていて、どこやらの海に竜宮があって、お宝の箱があるらしい」
阿国が呆れて笑う。
「あんぽんたんか。婆さまになってどうする」
「あら、そうか。ならば、そうそう」
王鈴がへらっと笑った。
「ちょうどよい。そういうねたもの、いっぱいのひとが、うちに商いきてる。下にいるよ」
ぱんぱんと手を叩いて呼んだ。
「やあやあ、紅骨さん。構わないから、おいで」
阿国がいいにくそう。
「こ、こうこつ」
白鈴がそっと阿国のそばに寄る。
「南京屋の仕入れ先のひとつさ。ときおり、人足に荷を担がせては商いにきてる。おもに骨董なんかを売ってるけど、占いもやるの。あたしは、どうも苦手のひと」
「ぶっそうな、やから」
「いや、胡散臭いほう。さて、なにものやら。和人か、唐人なのか、それすらわからない。売りものの品も、ひとくちで眠り続ける林檎だの、見た目が野獣になる薬だの」
「やれやれ、狸だか、なんだか、もう一匹いるのかい」
白鈴は苦笑いする。ひた、ひたと、階段を踏む音がする。
やがて二階に上がってきた。
杖をつく婆さまが、ひょいと姿をあらわす。
「はて、わしに、なんの用がある」
やや小柄な背丈で、白髪はざんばら。しわくちゃな顔にあって、みょうに目尻や、耳や、あごまで尖ってる。さながら年老いた狐であった。それが破れた法衣をまとっている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます