雨の日と捨て猫

雨世界

1 ……君も捨てられたんだ。私と一緒だね。

 雨の日と捨て猫


 プロローグ

 

 よしよし。こっちにおいで。猫ちゃん。


 本編


 ……君も捨てられたんだ。私と一緒だね。


「よしよし」そう言って、野球の帽子をかぶっている少女は公園の中に捨てられていた捨て猫の頭をそっと優しく撫でた。

 それから、ふいに、捨て猫の頭を撫でていた少女の手がぴたっと止まった。それからふるふると小さく震える手で、少女は頭にかぶっていた野球の帽子を深く、……その目元を隠すようにしてかぶり直した。

 すると、少女の目元から、透明な水が数滴、ぽたぽたとコンクリートの地面の上に落ちて弾けた。

 ……少女は泣いていた。

 ぎゅっと歯を食いしばって、泣かないように我慢をしていたようだったけど、涙は止まることなく、ぽたぽたとコンクリートの大地の上に落ち続けていた。


「にゃー」とみかんのダンボール箱の中に入ってた、黒い縞模様のある、灰色の毛並みをした捨て猫の子猫が鳴いた。(捨て猫のいるダンボール箱の中には『事情により、飼うことができなくなりました。代わりに誰か拾ってください』の文字が書かれた紙がビニールテープで貼ってあった)


「……もしかして、慰めてくれているの? ありがとう。猫ちゃん。お前は優しいね」と泣きながら、にっこりと笑って少女は言った。

(その捨て猫が少女のことを慰めているわけではないのかもしれないけれど、少女は勝手に、猫の考えていることなんて、どうせわかんないんだから、そう思うことにした)


「よし。お前のことは私が拾ってあげるね。名前は、……みかん、でいいかな?」

 少女は捨て猫の入っているみかんの絵が描かれたぼろぼろのダンボールを見てから、そう言った。(ちょっと安直かな?)

 そのダンオール箱の中には、捨て猫が寒くないように、数枚のタオルが下に(敷き詰められるようにして)入っていた。


 少女は捨て猫のみかんを見ていると、いろんなことを思い出した。

 少女はあまり思い出したくないことを、(思い出したくないはずなのに)なせか頭の中から、その思い出が離れずに、そのことをずっと思い出していた。


 すると、少女は突然、お腹が痛くなった。

 だから、少女は公園の女子トイレの中に入った。

 汚いから、あんまり公園のトイレは使いたくなかったのだけど、この際仕方がなかった。

 トイレから出ると、空から雨が降ってきた。

 その雨はすぐにとても強い雨になった。(少女はもちろん、傘なんて持ってはいなかった)

 ……生きていても、いいことなんて全然ないね。と少女はその雨の中で、捨て猫のみかんの入ったダンボールを両手で持ちながら、そう思った。


「ふふ。ね、みかん」と言って、少女は無理矢理に、にっこりと捨て猫のみかんに向かって笑って見せた。

 すると捨て猫のみかんは「にゃー」と少女に向かって、小さく鳴き返した。


 おお。可愛い奴め。と少女は思って笑顔になる。(今度の少女の笑顔は、さっきの偽物の笑顔じゃなくて、正真正銘の本物の笑顔だった)

 みかんはダンボール箱の中で元気いっぱいに動き回っていた。(まるで少女に、ねえ、遊んで。遊んでよ。と満面の笑顔で、おねだりをしているみたいだった)

 きっとこの子は自分が捨てられた、なんてことに、これっぽっちも気がついていないのだろうと思った。

 でも、そんな元気いっぱいのみかんを見ていると、少女はなんだかすごく元気が出てきた。(するとなんだか不思議なことに)同時にずっと忘れていた勇気もいっぱい湧いてきた。


 ぐー、と少女のお腹が鳴った。

 なんだかすごくお腹が減ってきた。(そのことを急に体が思い出したかのようだった)少女は、すごく暖かい部屋で、美味しい(お母さん手作りの)晩御飯が食べたい気分になった。


 ……そろそろ、意地はってないで、家に帰ろうかな?

 と、公園の休憩所の椅子の上で、体育座りしながら、ずっと降り続いている強い雨を見ている少女は思った。

 きっと、すっごく怒られちゃうと思うけど、ちゃんと、精一杯、ごめんなさいって、本当の気持ちで謝って、それから、……ただいまって言って、元気に笑顔で言って、ちゃんと自分の家にきちんと帰ろうと思った。


「家に帰ろうか。みかん。きっとみんな私のこと、すごく心配してくれているよね?」


 にっこりと笑った少女がそう言うとみかんは「にゃー」と元気いっぱいに少女の顔を見て鳴いた。

 それから、少女は雨の中を走り始めた。

 捨てられていた捨て猫のみかんを、ダンボールの箱ごと、ぎゅっと胸に抱きしめて。

 全速力で家までの道を駆け出して行った。


 そうして、やがて大雨の降り続く公園から、少女と一匹の捨て猫の姿は、その強い雨の中に消えて行った。


 びしょ濡れの少女は、無事に家まで帰ってくることができて、玄関のチャイムを押して、お母さんと会うと、やっぱりすっごく怒られてしまった。(まあ、喧嘩して家を飛び出したのは私だから、しょうがないと思うけど……)


 そうやって、かなり長い間、玄関のところで、(家の中に入れてもらえないまま)怒られたあとで、少女はお母さんから「とりあえず、家の中に入りな。外は寒いし、それに雨も降ってるからね」と言われて、家の中に入れてもらえるようになった。


「……あの、お母さん」

「なに?」

「一つだけ、お願いがあるんだけど……」ともじもじしながら、少女は言った。

「またなの!? もう!! 今度は、いったいなんなのよ!?」怒った顔で、お母さんは言う。

 少女の背中には一匹の猫がいる。(みかんのダンボールの箱は玄関脇のところに置いてあった)


 ……この子は、……みかんは、私たちの新しい家族になれるだろうか?


 それは、これからの少女の(今だけではなくて、これからずっと続いていく、少女の未来までの)頑張り次第だった。


「あのね、お母さん。実は……」

 そう言って、野球帽子をかぶっている少女は真剣な顔をしながら、背中に隠していた捨て猫のみかんを自分のびしょ濡れの胸の前に移動させて、すっごく怒っているお母さんの説得を始めた。


 ただいま。と少女は(猫と一緒に)笑顔で言った。


 雨の日と捨て猫 終わり

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