第9話

 亜人種を求めて向かったのはルドル家主都にある販売店。

 父を経由して面会の約束を取り付けたため待遇はかなり良い。本来買い付けとなれば商人を招くのが一般的だが今回はモノがモノだけにこちらから赴くことになった。


 亜人種は人間から人権を剥奪され下等生物と見なされているが帝国に存在しないわけではない。寧ろ役割を与えられ共生している。

 労働力としての家畜。あるいは愛でるための愛玩動物として。

 勿論それは人間側の一方的な論理。亜人種が受け入れられるはずがない。亜人種という言葉さえ人間が生み出した勝手都合な呼び名で好まないモノは多い。そういった種族は人間をヒトではない中途半端な間の存在としてゲンと呼んだりする。

 双方の感情は理解できる。理解できるため埋められない溝だと思えてしまう。片方はそれが正しいと600年教えられた。片方は現実として600年虐げられてきた。《彼》が望んだ等しい平和というのは土台無理だ。

 感情論は置いておくとして帝国の社会として亜人種は市内で売買されている。

 これらの亜人種が何処から来ているのかと言えば様々。

 帝国の人間の支配から逃れた亜人種もそれなりいたようで特に帝国南部の大密林には亜人種の集落があるとか。そこで狩りが行われ流通することもある。南部貴族は亜人種売買でかなり稼いでいる。

 他には帝国への破壊工作として侵入した亜人種が捕縛され流通することも。こちらは気性が荒いので家畜に回されることが多い。使い勝手は難しいが能力はあるのでそれなりに使える。

 後は南部貴族の中では繁殖と品種改良を行っているところもあるとか。より愛らしい愛玩動物を、より有能で使い勝手の良い家畜を作り出すための牧場があるとか。


 これらを可能にするのが人間が生み出した隷属魔法。

 隷属魔法はその名の通り対象を従わせるもの。隷従させられるモノは主の規定した行動以外行えない。つまり身体的に優れた亜人種を貧弱な人間が容易に従えさせられるという事。

 そしてこの魔法を解くにはより高位な魔法の才能を持つモノが解呪しなければならない。しかし亜人種の多くは身体能力に才能が割り振られ人間を超える才能を持つことは少ない。

 魔法の才能。魔法技術の研鑽こそ大陸で人間が覇権を取った要因。

 今となってはその栄光もさび付いてしまっているのだが。


 そんな亜人種の愛玩動物だが貴族にかなり人気。

 所詮愛玩動物なので人間に出来ないことができる。亜人種には「出来るだけ殺さないようにしましょう」という程度の権利しかない。遊びに高ぶり過ぎてやり過ぎても帝国の法に触れることは無い。労働力として使い潰されるなど日常茶飯事だ。

 どう使っても良いモノというのは貴族子息令嬢にはうってつけ。特に魔力に身体が適応した子どもはその力を持て余す。それをぶつけるモノとして親が買い与えることが多い。

 実際正史では11歳の誕生日に母から送られた。

 当時のウィート・ルドルは亜人種を汚らわしいと思い込んでいたため愛玩動物ですら身近に置くことを拒否した。けれど母に買い与えられたモノを使ってみればすぐに掌返し。愛玩動物に傾倒した。

 俺の記憶が正しく想定通りに行けば4か月後には愛玩動物が手に入る。それを少し早めたところで大きく変化はしないだろう。少なくとも正史でのウィート・ルドルがしなかった行動をするよりはマシ。

 そういった考えで亜人種の購入という選択を取った。


 販売店は実に綺麗。

 正史では来ることのなかった販売店。虐げられていたという事実と汚らわしいと思い込んでいた感情と大戦期の惨状を思えばかなり劣悪な環境なのだと思っていた。けれどそこは掃除の行き届いた清潔な店だった。

 俺を出迎えた販売店の主を見てそれもそうかと思い直す。

 目の前の商人は実に無礼な瞳を柔和な笑顔で覆い隠している。そこに見て取れるのは貴族に対する敬意などではなく愚かな幼児を甚振る嗜虐心。物理的な行動を取るつもりはないだろうが阿呆な貴族子爵から大金をふんだくろうと画策しているのだろう。

 獲物である大公家子息が不快に思うような場所にはしないだろう。約束の会合なのだから尚の事。

 内心を隠しきれていると疑いもしない店主を泳がせて店内を案内される。店内の最奥、豪勢な部屋に案内されて商談が始まる。



「ウィート次期ルドル大公様に置かれましてはご機嫌麗しく。貴方様のような方にこうしてお会いできることは私にとっての幸運であります」

「能書きは良い。さっさと始めろ」



 と言ってもウィート・ルドルが商談をするはずもなくこれだけで終わる。相手も心得ているので商品紹介が始まる。ルドル家領に根付く商店なのでルドル家の扱いには慣れたもの。不必要な売り込みはない。

 そこから部屋には代わる代わる商品がやってくる。店主が売り込みの言葉を並べるが興味ないため流れていく。事前に店側から商品情報が渡されているので聞く必要がない。俺が買うモノは既に決まっている。

 リアとヴェスパー。

 商品情報に2人の名前が記載されていたのを見つけた時に購入することを決めている。その2人が正史でのウィート・ルドルの愛玩動物。変化を起こさないためにも正史とは出来るだけ同じにしなければならない。


 店主の商会で続々と商品が流れていく。

 意外に感じたのは流れていく亜人種たちが大人しく従順な事。

 正史の記憶では愛玩動物にしろ亜人種は苛烈。魔法によって強制されてもその心は抗い続けていた。けれど商品として並べられる彼ら彼女らは大人しい。衣類も剥ぎ取られ恥ずかしい場所を自ら広げ晒させながらも笑顔を絶やさない。その瞳に少し仄暗いモノがあるが苛烈な嫌悪はない。

 帝国の在り方、人間と亜人種の関係性からそれはあり得ない。それを考えれば販売店には何かあるのだろう。それこそ反乱が起きうる何かが。

 生憎俺には関係ない話だ。


 目的の2人が予定通り商品として並びその容姿も記憶と相違ないことを確認して予定通り指名して商談を終える。ルドル家が価格交渉をすることはありえないので購入にケチがつくことは無い。

 予定通りの商談が終わったところで店主が予定外の行動を始めた。商品は全て紹介され契約も終わったはずなのに店員に指示をして何かを始める。

 そして店員を動かしている間にまたしてもぎらつかせた瞳でこちらを見下して口を開く。



「ウィート次期ルドル大公様に置かれましてはそのご慧眼には大変感服いたしました。選ばれた2匹はこちらがご用意できる最高級品質のモノでございます」

「何度も言わせるな。貴様ら商人などという下賤な輩の言葉は好きではない」

「これはこれは失礼いたしました。ですが、どうか私の言葉をお聞きいただきたい。これからもう1匹紹介させていただきたいのです。紹介させて頂ければウィート次期ルドル大公様も気に入っていただけるはずです」

「黙れ。囀るな。気に入るかは貴様が決めることではない」

「は、はい、申し訳ありません」

「だから囀るなと言っているだろう。だが、そうだな。たまに囀りに耳を貸すのも悪くないか。良いだろうやって見せろ。しかし、それが嘘であったならば、分かっているな」

「ええ、分かっていますとも」



 店主はとても自信を持っている。それは行動だけでも分かる。

 本来貴族と商人のやり取りに想定外はない。紹介する商品は事前に知らされていて変わることは無い。それは防犯的な意味もあるのだが貴族の威厳を示すためのものでもある。貴族の決めることに口出しをさせないという小さな威厳のため。

 その慣習を超えて店主は行動を取ったのだ。余程の自信が無ければ不可能だろう。ここで俺の不興を買えば破滅する。己自身だけではなく商店全てが消し飛ぶ。

 貴族の癇癪とはそれ程強大で傍迷惑なのだ。

 そしてその傍迷惑のために俺は店主の言葉に耳を貸しこれから紹介するモノが何であれ購入しなければならない。でなければ目の前の店主の命を奪う事になってしまうから。

 身勝手に振り回され行動を選択させられたことのため息を内心で圧し留め乍ら店主のとっておきを待つ。

 しばらくして連れてこられたのは1匹の、いや1人の女性。



「こちらは最近仕入れたモノであります。見た目は人間。けれどそれくらいでしたら珍しくありません。変幻種は少ないながらに市場に出回っており、実際ウィート次期ルドル大公様も購入されました。ですがこちらは変幻種ではありません。これはこの姿が本来の姿。耳も尻尾も髭もはやさない。この形が正しくそれでいて、真っ当な動物。これがどういう事か。ウィート次期ルドル大公様であれば私が興奮してしまったこともお分かり頂けることと存じます」



 店主の言いたいことは分かる。

 人間が亜人種を嫌う多くの理由はその見た目。獣種と呼ばれる人間に獣の特徴を付け加えたという程度であればまだしも完全な獣でしかない種類もいる。中には意志疎通ができるだけで見た目は昆虫爬虫類でしかないモノもいる。そういったモノを人間ではないと迫害し始めたのが大陸での争いの始まり。

 それは今の帝国でも変わらない。愛玩動物や家畜として当たり前の存在になっても変化しない。最低限人間に近い見た目でなければ駆除される。

 購入した2人で言えばリアは猫の耳が頭頂部に生え尻尾を生やしただけの最も人間に近いとされる4つ耳種。愛玩動物や家畜になれる種類。ヴェスパーは変幻種という身体を人間のモノに変化できるという特殊個体。こちらも変化時は人間に見えるので売買される。4つ耳種とは違い完全に見た目が人間なので愛玩動物としての需要が高く数も少ない。

 そういった状況において店主の言い分が正しければ目の前の商品は見た目は完全に人間。耳や尻尾などの付属品は無く変幻種のように別形態を持たない。それでいて亜人種としての権利しか持たない。

 亜人種に対して苛烈な帝国のおいても人権は存在する。どれほどの権力者、それこそルドル家であっても人命を軽視できない。何か罪をひねり出せば何とでもできるが遊びの末殺してしまう事は許されない。

 けれど目の前の少女は異なる。見た目は完全なる人間。それも容姿端麗と言えるほどの造形。それが権利を持たないのだ。何をしても許されるのだ。

 そんな特殊な存在好事家が放っておくはずがない。

 売りに出されれば膨大な値が付くだろう。

 それを分かっているからこその店主の自信。貴族の約束を破ってでも勝負を仕掛けた理由。初めから資料に乗せなかったのは店としてではなく個人の勝負だったからだろうか。

 店主の思惑はどうであれ俺には購入するという選択肢以外ない。そうしなければ俺は俺の心の安定を確保できない。


 けれど、だ。

 俺は店主の思惑に乗りその身を守っても安寧を手に入れることは出来なかった。


 何故なら。

 何故なら、それがあまりにも似すぎていたから。


 店主のとっておきとして紹介された少女が

 服を剥ぎ取られ恥部を自ら晒させられる少女が。


 少女があの巫女に見えて仕方がなかった。

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