第6話
10歳の誕生日からひと月が経過した。
体調不良の影響も抜け肉体感覚にも慣れ人間としての生活が板について来た。周囲の人間が気を使わないように当然のように生活が出来るようになった。
その生活の中で俺は今の俺を何とか消化することが出来た。
俺の経験した悲惨な結末が正しい結果。正しい歴史。
今ここにあるのは何かが引き起こした不正行為。
何も出来ず無能を晒し悲惨な結末をたどったとはいえあれは俺の結果。傲り自惚れその果てに全て奪われたとしても何も言えない。それは現状を良しとせず行動した誰かの成果だ。
行動の結果は甘んじて受け入れるべきだろう。奪われたとしてそれは何もしなかった何もしようとすらしなかった己が悪い。
だから結末を知ったうえで行動をするなど不正行為でしかない。
そう思えてしまった俺は自堕落な生活を送っていた。
帝国貴族というのは基本する事が無い。ルドル家は帝国の中で最も広大な領地を持っているがその管理運営は役人が行っている。地方の小貴族であれば役人を雇えず自ら行っていることもあるだろうがルドル家はそんなことは無い。
帝国貴族とはそこに存在することに意味がある。自らが動き労働することは無い。寧ろ自らが動くという事は恥という概念がある。貴族とは他者を使用する。いや、他者に動かせてこそ貴族である。
だから努力も訓練も悪という風習が根付いている。10歳の誕生日を迎え魔力に適合した身体に組み替わっても才能を伸ばすための訓練は行わない。訓練など行わず生まれのままで為してこそ貴族。
そんな傲り自惚れた思考がこびりついたルドル家では本当にする事が無い。
俺は日がな一日自室で呆けている。
目的もなくやることも無ければそうなってしまうのも仕方がないだろう。その呆けの結果悲惨なことになっても仕方がない。不正行為を使ってまで誰かの行為を妨害する気にはなれない。
「今日も何もしないのですかウィート様」
「そうだな。する意味も無いからな」
「そうですか」
日中。日が昇り切り穏やかな気候の中で寝台の上でゴロゴロ。寝間着姿で外聞も気にせず柔らかい布団に埋まるだけ。
室内には一応使用人もいるのだがそれはそれ。一介の使用人が貴族の悪評を垂れ流すのは不敬罪。それが事実であっても否定すればどちらの言葉が真実となるかは言わずもがな。そんな事をするつもりも無いけれど。
室内にいる唯一の観測者はフミ・カードゥという黒髪の女性。一応俺が昏睡から目を覚ました時にいた人間。
一応というのはそれが対外的な事実であって真実ではないという事。
あの時俺の部屋にいたのは目の前にいるフミ・カードゥでは無かった。けれど俺が目を覚ましたのを見つけ医者を呼んだことになっているのはフミ・カードゥという使用人となっている。
何があったかと言えば俺にフミ・カードゥと名乗った使用人が目の前にいる本当のフミ・カードゥに俺が起きたことを伝え医者などを呼ばせた。そして俺自身も最初に気付いたのがフミ・カードゥと報告したためそれが事実として広まった。
間違いに気づいたのは体調が戻り専属使用人としてフミ・カードゥを宛がわれてから。俺の目覚めにいち早く気付いたという功績から専属という役職に抜擢された。
その間違いについて俺もフミ・カードゥ本人も取り立てて訂正しなかった。一度フミ・カードゥに良いのかと問われたが特に何もする気が起きなかった。
正直誰にどのような報酬が向かおうと興味が無い。
ただ、真実に拘ってしまえば、行動を起こせばそこには必然的に結果がついて来る。
あの時俺の部屋にいたフミ・カードゥを名乗った使用人。本来であれば彼女が功績を受け取るべきだ。ルドル家次期当主の専属使用人ともなれば給金が変わってくるしその役職には下級貴族より高い権威がついて来る。
それを思えば他人に功績を譲るなどしないだろう。それが権威が好きでしかないルドル家のモノであればなおの事。仮に名乗る時に嘘をついたとしても多少の叱責はあるものの得られる恩恵の方が多いはず。
では何故あの使用人は名乗り出ないのか。
簡単な話、名乗り出ることが出来ないのだ。名乗り出ても恩恵が得られない。恩恵を得る以上の不利益が発生するのだ。
あの時、あの使用人はおそらく不正行為をしていた。使用人の仕事を怠けていたのか。少なくとも仕事以外の理由で俺の部屋にいた。
確証は無いが、おそらく盗みを働いていたのだろう。記憶はあいまいだが検証のため室内の物を物色したがあの時から室内の物に変化がある。例えば装飾品が無くなっているとか。それを思えばあの時の混乱した使用人の態度も頷ける。
勿論それらは推測でしかない。真実はどうなのかは分からない。
けれど俺の推測が真実であったとして俺の目覚めに気付いたのがフミ・カードゥでは無いとなった場合どうなるのか。どうにもならないかもしれないし、どうにかなってしまうかもしれない。
貴族家の物を盗むというのは重罪。特に貴族意識の高いルドル家では貴族への犯罪は極刑もあり得る。父や母の事を思えば使用人がウィート・ルドルのモノを盗んだと知れば命を奪うだろう。それだけに留まらず名誉を傷つけたと一族にも手を出すかもしれない。
それに気付いた時、俺は何も出来なかった。
良い悪いの話ではない。善悪の問題などではない。
不正行為をした俺が行動を起こすことであの正しい歴史では生きていたヒトを殺すことになる。それが俺には不誠実に思えてならなかった。
だから俺は何もしない。何も知りたくないし何も考えたくない。
幸い本物のフミ・カードゥは不真面目な人種だった。ルドル家の思想にも不真面目で仕事を仕事でしか処理しない。主がどれだけ愚かしい行動をとっても相応しくない行動をとっても意に介さない。
だから俺は呆ける日々を続けた。
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