第5話

 それから数日は慌ただしかった。

 ルドル家にとってウィート・ルドルは重要。大事な大事なご子息。原因は分かっているとはいえ10日間も昏睡状態になるというのは落ち着いていられない。さらにそれがめでたい事であれば騒がないわけがない。

 目を覚ました俺は必要以上に手厚く介護された。何をするにも自身の身体を使わせてもらえない。排泄だって誰かに処理させるという始末。人間の尊厳というモノが俺にあれば耐えられなかっただろう。

 身体を大事にされるのと同時に多くの祝い品が届いた。それはルドル家の威厳を示すためのものでもあるのだがウィート・ルドルという少年の機嫌を損ねないようにするためのもの。

 慌ただしさの中で再認識できたのはルドルという人物たちの存在悪さ加減。

 目まぐるしい中で訪れた父母との再会。そこで俺の知る限りのルドル家の危機、帝国貴族の危うさを伝えた。

 けれど、



「ああ、可愛いウィート。そんなに弱々しくなってしまって、余程心細かったのね。もう大丈夫。ウィートは他の人間とは違う存在だから気にしなくて良いのよ」

「そんな事を言うなど、まだ疲れているのだな。しっかりしろよウィート。貴様は帝国貴族、それもルドル大公家。品位を落とすようなことを言うのではないぞ」



 父母はそれを戯言だと切り捨てた。

 ルドル家は由緒正しい帝国貴族。

 帝国貴族とは生まれながらにして貴族。存在そのものが尊い。自ら行動するのではなく周囲のモノが行動する。素晴らしいことは全て己のおかげで望ましくないことは全て他者の所為。

 そんな思想がこびりついている。

 敬われているのは先祖が為した功績が故。それを理解せず現状を当然のように享受し自らが有能だと誤認する。それ故に全ての人々を見下している。他の貴族も使用人も商人も、あまつさえ帝室関係者さえも。

 そこは俺の知る俺の実家なのだけれど、俺の知る俺の家ではなかった。


 俺の考えが正しければ数年後、帝国は戦乱に陥る。亜人種の反乱が発生し人命を奪い合う争いになる。その中でこの地は激戦区となり多くの人命が失われルドル家は消失する。その後戦乱は大陸全土に広がり人命を数千数万の単位で平気に溶かし合う大戦が繰り広げられる。

 ヒトはその身を失えば何も出来なくなる。望むことのために行動出来ないという事は悲惨でしかない。

 それを思えば俺は行動を起こすべきなのだろう。父母を、家族を、民を、帝国を守るために行動を起こすべきなのだろう。

 けれど俺には動く気が起きなかった。

 大戦の最中、俺は賢者の石として大戦を縦横無尽に飛び回った。ヒトは平然と人命を溶かす。そこに人間と亜人種の違いはない。等しくヒトは醜く愚か。人種種族生まれに関わらず眩しいモノがいれば醜いモノもいる。

 眩しいモノがあの巫女。

 醜いモノの筆頭が帝国貴族でありウィート・ルドル。俺は俺の家族を、ルドル家を気持ち悪く感じてしまった。外に出て多くを知ってしまうと帝国貴族というものの奇妙さを理解してしまった。それは肉親だからという理由で覆い隠せない程醜いモノだった。

 だから俺は行動を起こすことが出来なくなってしまった。

 何をすべきか、何がしたいのか分からなくなってしまったのだ。

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